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時間は留めておきたい時ほど流れ落ちては溶けていく。
窓の外が薄暗くなり始めた夕暮れ時。俺とくるみは花火を見る為に屋上を目指したが、その途中にある三年の教室で足止めを食らっていた。
「はい、惜しかったね佐野!残念賞はキャンディでーす!」
よく分からないカードゲームに負けた俺の手に、いちごキャンディが二つ乗せられる。にやつきながら肩を組んできたのは夏に引退した陸上部の先輩たちだ。
「いやぁ、残念残念。七瀬マネージャーにいいところ見せたかったのにねぇ!ってか二人で文化祭見て回るとか何の嫌味だこのヤロウ!?」
「いいか、七瀬マネージャーはお前の専属じゃないんだぞ!?俺だって彼女欲しい!!」
俺は慣れているけれど、くるみは冷やかしの嵐に居心地悪そうに愛想笑いを浮かべている。
「先輩、ウザいっす」
「はい久々にキタコレ!!佐野は何も変わってないな!!」
「七瀬マネージャー、よかったら後夜祭はみんなで遊ばない?」
よく言えば根明で人懐っこい、悪く言えば調子乗り。そんな先輩をなかなか振り切れないでいると背後から別の声がかかった。
「お前らその辺で解放してやれよ」
俺より先にくるみがパッと嬉しそうに顔を上げる。
「高良先輩!」
「佐野も七瀬も久しぶり」
「お久しぶりです!高良先輩が引退してみんな寂しがってるんですよ。たまには部にも顔出してくださいね」
弾む声と、うっすら紅潮した頬。インターハイで記録的な好成績を叩き出した本校のヒーローに、くるみは憧れと喜びを交えながら目を輝かせている。
俺が分かりやすく不機嫌になると、高良先輩は苦笑しながら肩をすくめた。
「邪魔して悪かったな」
「……いえ」
「そう顰めっ面するな。あ、そうだ」
俺よりも一回り大きな体がのっしりと寄る。
「佐野、七瀬と花火見るなら屋上より文化部の部活棟がオススメ。かなりの穴場だから」
「部活棟、ですか」
「そう。騙されたと思って行ってみ。最後に二人でゆっくり過ごせるんじゃないか」
俺が目を見張ると、高良先輩は真面目な顔でひとつ頷いた。
「さっき顧問に聞いた。佐野は期待の星だったのに残念だな。ドイツへ行っても頑張れよ」
ささやかなエールと共に厚い手が肩に乗る。俺はうつむきながら「はい」と答えることしかできなかった。
日本を離れる。
今更ながらじわりと実感が込み上げ、日常の延長線を歩いているくるみや先輩たちが急に遠く感じた。
当たり前のように積み上げてきたものも、繋がりも、大切なものも、今は確かにここにあるのに、俺だけがそこから弾かれるのか。
やり残したことはまだまだ多くて、そばにいたい人も、越えたかった目標も、思い描いていた道の先も沢山あったはずなんだ。
このまま忘れたくない。忘れられたくない。必然とはなんだ。未練とはなんだ。未来とはなんだ。俺は、俺は……
「夏向待って、荷物が落ちちゃう!」
くるみの声に、足速に歩いていた踵が止まる。
周りも見ず無心で廊下を突き進んでいたのか、ほぼ駆け足状態でついて来たくるみが息を乱しながら俺を見上げていた。
「……ごめん」
「ううん、ちょっと待ってね」
くるみはずれ落ちそうになった手荷物を整理すると、少し躊躇いながら空いた右手を差し出した。
「はい」
「え……」
「なんだか辛そうな顔してるよ?大丈夫?」
俺は自分が恥ずかしくなり顔を背けた。
「大丈夫。ちょっと、考え事してただけ」
「そう?それならいいけど。そろそろ花火が始まっちゃうし、屋上に行く?」
そっと下げられたくるみの右手を掬い上げるように掴む。
「屋上じゃなくて、こっち」
微かな身じろぎが指先から伝わる。それでも小さな手は昔と同じように握り返してくれた。
速まる鼓動が痛い。湧き立つ衝動が息苦しい。
くるみが好きだ。
今更になって、ずっと秘めていた想いがこんなに熱を帯びるなんて。
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