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夜空に開き、散る
一度加熱したものは抑え込むことが難しい。
人気のない部活棟の三階。校庭を臨む南側の窓を開けば、涼しげな風が俺を諌めるように流れ込んだ。
「すごくいい場所だね。ここ高良先輩が教えてくれたの?」
人の気も知らないで、窓の淵に両手をついたくるみが嬉しそうに先輩の名を口にする。何もしていないと余計なことを口走りそうで、さっき貰ったいちごのキャンディを取り出した。
「くるみもいる?」
「わぁ、ありがと。これ懐かしいな。昔よく食べたよね」
「そうだった気もする」
相槌を打ちながら包み紙を開き、三角型のキャンディを口に放り込む。覚えのある甘さが舌の上で転がった。
「わたしも、……わっ!」
空一面に突然開いた巨大な光の花。中心から水色、薄紫、ピンクと、グラデーションに靡きながら菊花火が鮮やかに燃え上がった。
予想以上の近さと音に驚いたくるみの指先からキャンディがこぼれ落ちる。
桟を弾いた小さな赤色は花火のカケラのように窓の外へ飛び、俺の目の前で、くるみの手がそれを追った。
「くるみ!」
連続して咲く花火が古い教室を万華鏡のように染めあげる。
危ないと思って。小さな体を引き留めた力が思ったより強くなってしまって。気が付けば抱きしめるように両腕の中にくるみがいて。
その柔らかな感触と匂いに、衝動を抑え込んでいた理性が一気に爆ぜ飛んだ。
木原は、なんて言ってたかな。
花火が開く時に好きな人と手を繋げばめでたく結ばれるって?
そんなので足りるわけないだろ。
一生消えることのない火傷みたいに醜い俺の跡を、今すぐ刻みつけたいとすら思ってしまうのに。
「あの、ごめんね。せっかく貰ったのに落としちゃって。あれ大好きだったのに残念……」
ぎこちなく離れようとしたくるみを逃さないよう腕に力を込め、脈を打つこめかみから耳、滑らかな頬へと温かい人肌をなぞるようにすり寄る。
「夏向……?」
「あげる」
夜空で真っ赤に燃えた大輪の花がひとつになった影を不規則に照らしだす。
思いのままに重ねた唇はいちごの味だけがして、舌先で押し付けたその甘みは、くるみの中へ消えた。
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