夜空に開き、散る

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***  ドン、と。花火の音が鼓膜を震わせ響いていく。  力の強い手に引き寄せられたままのわたしは、身動きひとつ取ることができなかった。  微かに漏れた声も花火の音にかき消され、夏向の熱が近すぎて、呼吸すら上手くできなくて、頭の芯がくらくらと揺れた。 ──甘い。  視覚も聴覚もあてにならない中で、いちご味だけが全身に染み渡る。  行き場のない手は宙を握りしめていたが、今にも膝が崩れ落ちそうで、気がつけばしがみつくように広い背中を抱きしめていた。  何も分からないままに、永遠にも感じた長い時間が花火と共に散って消える。 「くるみ」  まだジンとする耳元に触れる低い声。 「ごめん。今のは忘れていいから」  まるで懺悔のような囁きを残し、包み込んでいた体温がそっと離れる。混乱するわたしを残して、夏向は教室を出て行った。  一人で立つ教室に後夜祭の音楽が流れこんでくる。わたしはその場にへたり込み、さっきまで夏向が触れていた唇を指で押さえた。  今、気づいた。  今更気づいた。  夏向のことなら何でも知っている気でいたけれど、本当は何も分かっていなかったということに。 「夏向……?」  呼びかけても、もう人影は戻ってこない。  最後に見た夏向の顔はあまりにも辛そうに歪んでいた。 「う……」  堪えきれずボロボロと涙がこぼれ落ちる。  なんてことだろう。わたしが目をそらし続けていたのは、自分の気持ちだけじゃなく夏向自身からもだったんだ。  今更、いまさら、イマサラ、イマサラ……。  頭にはそんな言葉しか浮かんでこない。  時間も現実も一秒だって待ってはくれないのに、こんなつもりじゃなかったと、この期に及んでいったい誰に言い訳をするつもりなのか。  止まらない涙が勝手すぎて乱暴に目をこする。千切れそうな胸の痛みが、意気地なしなわたしの想いをやっと形にさせた。  夏向が好き。  いちごキャンディは塩辛さに混ざりながら小さく小さく溶けて、やがて跡形も残さずに消えてなくなった。
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