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ドン、と。花火の音が鼓膜を震わせ響いていく。
力の強い手に引き寄せられたままのわたしは、身動きひとつ取ることができなかった。
微かに漏れた声も花火の音にかき消され、夏向の熱が近すぎて、呼吸すら上手くできなくて、頭の芯がくらくらと揺れた。
──甘い。
視覚も聴覚もあてにならない中で、いちご味だけが全身に染み渡る。
行き場のない手は宙を握りしめていたが、今にも膝が崩れ落ちそうで、気がつけばしがみつくように広い背中を抱きしめていた。
何も分からないままに、永遠にも感じた長い時間が花火と共に散って消える。
「くるみ」
まだジンとする耳元に触れる低い声。
「ごめん。今のは忘れていいから」
まるで懺悔のような囁きを残し、包み込んでいた体温がそっと離れる。混乱するわたしを残して、夏向は教室を出て行った。
一人で立つ教室に後夜祭の音楽が流れこんでくる。わたしはその場にへたり込み、さっきまで夏向が触れていた唇を指で押さえた。
今、気づいた。
今更気づいた。
夏向のことなら何でも知っている気でいたけれど、本当は何も分かっていなかったということに。
「夏向……?」
呼びかけても、もう人影は戻ってこない。
最後に見た夏向の顔はあまりにも辛そうに歪んでいた。
「う……」
堪えきれずボロボロと涙がこぼれ落ちる。
なんてことだろう。わたしが目をそらし続けていたのは、自分の気持ちだけじゃなく夏向自身からもだったんだ。
今更、いまさら、イマサラ、イマサラ……。
頭にはそんな言葉しか浮かんでこない。
時間も現実も一秒だって待ってはくれないのに、こんなつもりじゃなかったと、この期に及んでいったい誰に言い訳をするつもりなのか。
止まらない涙が勝手すぎて乱暴に目をこする。千切れそうな胸の痛みが、意気地なしなわたしの想いをやっと形にさせた。
夏向が好き。
いちごキャンディは塩辛さに混ざりながら小さく小さく溶けて、やがて跡形も残さずに消えてなくなった。
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