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さよなら、夏向
文化祭明けの月曜、午前六時。
どれだけ気まずくても染みついた習慣は抜けない。わたしはいつも通り朝の支度を済ませ家を出ていた。
夏向の出国は少し早まり、今週の金曜日。学校が終わってからだと母伝に聞いた。
それならもうここで待っていても意味がないのかもしれない。日差しを遮るように目を閉じ新鮮な空気だけを吸い込んでいると、一つに束ねた髪を後ろからくいと引かれた。
「ひゃっ」
「何してんの」
「夏向!いや、何って……」
焦るわたしをよそに、夏向は全くいつもと同じように軽いストレッチを始めた。
「自転車は?」
「あ、そ、そっか。ちょっと待ってて」
どんな顔をすればいいのか。何を言えばいいのか。散々思い悩んでいたわたしを置いて夏向は先に走り出す。自転車を引っ張り出して隣に並べば、朝日に向かう速度が上がった。
「くるみ、今日で最後にするから全部の区間タイムとって」
「うん、分かった」
成績なんて関係なくても夏向は走り続ける。昨日までの自分を乗り越えようとするように。
相変わらずの無表情は真っ直ぐ前だけを向いていて、わたしを振り返ることはない。
いつも通りの朝はわたしをひどく安心させ、それから、泣きたくなった。
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