20人が本棚に入れています
本棚に追加
立ち止まったままのわたしを追い越し、一週間は無情にすぎてゆく。
あれ以来、夏向はわたしに何も言おうとはしない。学校で時折見かけても、夏向の中退を知った陸上部のメンバーが取り囲んでいて声をかけることも憚られた。
「くるみ、大丈夫?」
わたしがどれだけ平気を装っても詩ちゃんが気付かぬはずはない。今日まで何も聞いてこなかったのは彼女の気遣いだろうが、金曜日の放課後を迎え、痺れを切らせたようにわたしの顔を覗き込んできた。
「佐野、今日で最後なんでしょ?見送りには行くんだよね?」
見送り。確かに前にそんな約束をした覚えはあるけれど。
「ううん。一応、昨日家族ぐるみで別れの挨拶には行ったから」
「そうじゃないでしょ。くるみ自身は最後に佐野と話さなくていいのかってこと」
「……」
だって、何を話せばいいのだろう。
夏向はわたしと目も合わせてくれないのに。
こんなことになるなら文化祭を一緒になんて誘うんじゃなかった。もしあそこで花火を見ていなければ、今頃わたしは全力で夏向の元へ飛んで行き、最後まで笑顔で手を振ることができたのに。
「詩ちゃんの、言う通りだったよ」
「うん?」
「見送りになんて行けない。わたし……夏向が好きだ」
初めてはっきり口にした想いにじわりと涙の膜が張る。
詩ちゃんは一瞬だけ目を見張ったけれど、わたしの涙がこぼれ落ちる前に抱きしめてくれた。
心配そうな赤い唇は何か言おうとしたが、ハッと教室の向こう側へ顔を上げると声を張り上げた。
「佐野!!」
びくりと揺れたわたしの肩を抱きながら、ドアから現れた背の高い人に叫ぶ。
「くるみを探しに来たんでしょ!ちょっとそこで待ってなさいよ!」
詩ちゃんは狼狽するわたしを掴んだまま睨むように言った。
「がんばれ」
「詩ちゃん……」
「がんばれ、くるみ。好きだから頑張るんだよ。大丈夫、佐野がずっと見てるのはくるみだけだから。泣くのは全部終わってからでもいいでしょう?」
詩ちゃんの真剣な言葉が胸に深く響いて残る。
わたしは目元を拭い、覚悟を決めて頷いた。
「うん……、うん、行ってくる」
ごめんね、詩ちゃん。わたしは本当に何も分かっていなかったんだ。
もしこの時一度でも振り返っていたら、詩ちゃんが切ない目で夏向を見ていたことに気づいたはずなのに。
最初のコメントを投稿しよう!