さよなら、夏向

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 立ち止まったままのわたしを追い越し、一週間は無情にすぎてゆく。  あれ以来、夏向はわたしに何も言おうとはしない。学校で時折見かけても、夏向の中退を知った陸上部のメンバーが取り囲んでいて声をかけることも憚られた。 「くるみ、大丈夫?」  わたしがどれだけ平気を装っても詩ちゃんが気付かぬはずはない。今日まで何も聞いてこなかったのは彼女の気遣いだろうが、金曜日の放課後を迎え、痺れを切らせたようにわたしの顔を覗き込んできた。 「佐野、今日で最後なんでしょ?見送りには行くんだよね?」  見送り。確かに前にそんな約束をした覚えはあるけれど。 「ううん。一応、昨日家族ぐるみで別れの挨拶には行ったから」 「そうじゃないでしょ。くるみ自身は最後に佐野と話さなくていいのかってこと」 「……」  だって、何を話せばいいのだろう。  夏向はわたしと目も合わせてくれないのに。  こんなことになるなら文化祭を一緒になんて誘うんじゃなかった。もしあそこで花火を見ていなければ、今頃わたしは全力で夏向の元へ飛んで行き、最後まで笑顔で手を振ることができたのに。 「詩ちゃんの、言う通りだったよ」 「うん?」 「見送りになんて行けない。わたし……夏向が好きだ」  初めてはっきり口にした想いにじわりと涙の膜が張る。  詩ちゃんは一瞬だけ目を見張ったけれど、わたしの涙がこぼれ落ちる前に抱きしめてくれた。  心配そうな赤い唇は何か言おうとしたが、ハッと教室の向こう側へ顔を上げると声を張り上げた。 「佐野!!」  びくりと揺れたわたしの肩を抱きながら、ドアから現れた背の高い人に叫ぶ。 「くるみを探しに来たんでしょ!ちょっとそこで待ってなさいよ!」  詩ちゃんは狼狽するわたしを掴んだまま睨むように言った。 「がんばれ」 「詩ちゃん……」 「がんばれ、くるみ。好きだから頑張るんだよ。大丈夫、佐野がずっと見てるのはくるみだけだから。泣くのは全部終わってからでもいいでしょう?」  詩ちゃんの真剣な言葉が胸に深く響いて残る。  わたしは目元を拭い、覚悟を決めて頷いた。 「うん……、うん、行ってくる」  ごめんね、詩ちゃん。わたしは本当に何も分かっていなかったんだ。  もしこの時一度でも振り返っていたら、詩ちゃんが切ない目で夏向を見ていたことに気づいたはずなのに。
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