色なき風が吹く頃に

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 もうこれで最後だと、わたしは夏向(かなた)の手を握りしめた。微かにふるう唇は「元気でね」とせめてもの言葉を送り、でも、それすら秋風に溶けて消えて。  バスのステップを踏んだわたしの足は頼りない。まだ笑っているのは泣きそうだから。乗客を残らず吸い込んだバスは、鈍く軋みながらゆっくりと扉を閉めた。    さよなら、夏向。  噛み殺した声の代わりに堪えきれなくなった涙が頬を伝う。  後ろへ流れだした景色につられ窓の外を見れば、透明なガラスの向こう側で、もう届かない夏向(ひと)の瞳からわたしと同じ色の雫が落ちていた。
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