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「くるみさぁ、佐野のこと好きなんじゃないの?」
学校での昼休み。購買部で勝ち取ったカレーパンにかぶりついた途端にこのパンチだ。おかげでもっちりとした生地を噛み千切るのに失敗し、無惨にもパラパラと揚げカスが落ちた。
「ちょ、ちょっとやめてよ詩ちゃん」
「少なくとも意識してるのは間違いないじゃん。ランニングだって毎朝付き合ってるんでしょ?」
「それは中学の時からの習慣だもん!」
声をひそめて猛抗議。残念ながら反撃の威力はゼロに等しいが、それ以上に勝手に熱くなる頬が、親友である詩ちゃんに勝ち誇った笑みを浮かべさせた。
「被告人七瀬くるみ。悪あがきせずに認めちゃいなさい」
「だからそんなんじゃないってば」
「ほうほう余裕ですな。でも佐野って一年で一人だけ夏のインハイ食い込んだじゃない?目つきは悪いけど綺麗な顔立ちだし、知らぬところでモテてるかもよ?」
「ないない。詩ちゃんも夏向の無愛想っぷり知ってるでしょ。普段ぼんやりしてるし、知らない子に話しかけられても返事どころか目も合わせないよ」
「分かってないのはくるみでしょ。そんなマイナスポイントなんて佐野に価値がついた時点でクールで素敵!って変換されるものなのよ。ぼやぼやしてたら泣きを見るよ」
わたしは困惑の果てに口を閉ざした。
詩ちゃんの言わんとすることは分かる。それでも夏向との関係を変えるつもりはない。気持ちではなく、物理的な理由で。
「あのね、詩ちゃん。これ本当は口止めされてるんだけどね」
「え、何?そんな前置きされるとなんか怖いんだけど」
わたしは辺りを見回し、極力声をひそめて詩ちゃんの耳元に唇を寄せた。
「夏向ね、今月末に家族でドイツに戻るの」
「え!?」
「しー。詳しいことは言えないけど、引越しのことも皆にはぎりぎりまで伏せておきたいらしくて」
わたしだけが事情を知るのは、佐野家と七瀬家がお隣で仲が良かったからに過ぎない。
母から話を聞き、すぐに夏向に確認しに行ったものの返ってきたのは「うん」の一言だけだった。
「だから、今更そんなこと言い出しても意味がないんだよ」
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