10人が本棚に入れています
本棚に追加
「え、そんな」
だって、西宮さんはあの時、顔を真っ赤にして——。
と、テスト中の記憶を掘り起こして、僕はふと一つのことに思い当たった。
「そうか、ストレッチだ」
「ん?」
首をかしげた堀北に対し、僕は考えをまとめながら続ける。
「昨日、おならの音が鳴る直前、東条さんがストレッチをしていたんだ」
「まあ早く終わって暇だったんだろうな。俺も後半ほとんどわかんなかったから正拳突きしてたし。それと同じようなもんだろ」
「お前の奇行と一緒にするな」
って、今はそれはどうでもよくて。
「軽い背伸びくらいなら、テスト中誰だってやるだろうね。でも東条さんはあの時、左右に大きく体を伸ばしていたんだ。普通ならテスト中はカンニングを疑われないために大きな動作は控えるはずだから、今考えたら少し不自然な動きだった。
そして、東条さんがストレッチを始めて数秒後に、例の音が鳴った」
「なるほど。お前の言いたいことがわかってきたぜ」
堀北が、手に持った筆箱を弄びながら頷く。
「東条さんは、おならの通り道を作る必要があったんだな」
「そう」
ストレッチで体をほぐすと見せかけて、彼女の本願は、お尻を少し浮かせることで座面との間に隙間を作り、おならを放出できる状態に持ち込むことだったってわけだ。
「そして彼女は持ち前のポーカーフェイスで、自分が犯人であることを隠した」
「で、その犯行を横取りしたのが、愛しの秋穂ちゃんってわけか」
茶化す堀北の肩を「やめろ」と教科書で軽く叩きつつ、深く頷く。
「さすが、演劇部だよな」
あの時の西宮さんの真っ赤な顔が、脳裏に蘇る。
静かな教室でおならをしてしまった女の子の表情として、出来すぎているほどにリアルだった。
「つまり、まとめると」
こほん、と咳払いをした堀北が、計算問題を解くような調子で続ける。
「東条さんがおならをして、ストレッチの振りとポーカーフェイスで隠した。
西宮さんは、犯人の振りをすることで、お前の気を引いた。
そんでお前はまんまと騙されて、濡れ衣を被った」
「そういうことだね」
「南田、してやられたな」
「まあね。だけど、僕はこう思うよ」
彼女の特別になれた今、自信を持って断言できる。
「女の子の演技には、騙されたもん勝ちだって」
最初のコメントを投稿しよう!