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ほん屁ん
チャリ通の連中が汗だくで高校の正門をくぐっていく、七月の午前八時。
僕は正門の向かいにあるコンビニで、漫画雑誌の立ち読みをしていた。
正確には、立ち読みの振りをしていた。
今週号はすでに電子で読了済み。ほんとうなら、こんな所で店員さんの視線を気にしながら立ち読みをする必要はない。
期末試験当日の朝という貴重な時間をこうしてコンビニで消費しているのは、僕には成績よりもずっと大事な目標があるからだ。
手元の『週刊少年ジャンプウ』に目を落としている振りをして、僕が意識を向けているのは正面の窓の外。
次々と学校の敷地に入っていく生徒たちの中に、その姿を探す。
決して見逃さないように、目を凝らし続ける。
……来た。
立ち読みを始めてから十五分、横断歩道を渡り学校へと向かう彼女の姿を見つけた。
涼やかに揺れる黒髪ポニーテール。半袖のブラウスから覗く白い腕。スカートの裾から伸びる瑞々しいふくらはぎ。
彼女を見つめる時だけ僕の視力は異常なほど研ぎ澄まされて、靴下の毛玉の数までここから数えられる気がした。
いつ見ても好きだなあ。
視界がバラ色に染まり、心臓が縄跳びを始める。
彼女の名は西宮秋穂さん。僕と同じ二年一組の生徒だ。
雑誌を棚に戻し、ちかちかと点滅する青信号に追い立てられるようにして横断歩道を渡った。
校門を少し過ぎた地点で追いつき、数度の深呼吸の後、精一杯平静を装いながら声をかける。
「おはよう、西宮さん」
急速に乾く唇を必死に動かして、爽やかスマイルを整えた。好きな人の前ってこんなに幸せなのにどうしてうまく笑えないの。
「あ、南田くん! おはよ!」
振り返った彼女が僕を見てにこっと微笑む。かわいい。好き。テストなんか爆破してこのままデートに行きてえ。
「最近よくタイミング合うね! 昨日もこの辺で南田くんが声かけてくれた気がする」
「言われてみれば、そうだね」
全ては僕が待ち伏せしているからなのだが、もちろん明かしはしない。
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