ほん屁ん

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「南田くんは今日のテストいけそ?」 「まあ、地理とかだからなんとかなるかな。昨日の数学はさっぱり」 「ムズかったよねー! わたしは今日もダメかも」 「演劇部、忙しいもんな」 「そう、そうなの!」  辛そうに目をぎゅっと瞑った西宮さんが、右手で僕の制服の袖をそっと叩く。左肩から一気に熱が全身を駆け巡り、視界がくらりと揺れた。服越しでこれなんだから、直接触れられたらたぶん僕は爆発四散する。 「なんでテストの翌日に公演あるかなー。タイミング悪すぎー!」 「忙しいのにうまく両立してて、西宮さんはほんと偉いよなー」 「ありがと。やっぱやさしいね」  桜みたいに微笑んで、西宮さんは続けた。 「南田くんのそういうとこ好きだよ」    花びらのように、ふわりと宙を舞う軽やかな声音。  触れたくて、この手のひらに収めたくて、だけどいつもうまくいかない。  そういうとこ好き、か。  いつか、西宮さんが僕の全てを好きになってくれる日が来るんだろうか、来てほしいな、来ないなら世界が滅んでも悔いはないな、なんてことを最近思う。  と、その時。 「秋穂せんぱーい!」  後ろから、西宮さんの名前を呼ぶ声がした。振り返ると、小柄な女の子。僕と接点はないけど、確か演劇部の一年生だ。 「今度の公演のことで相談があるんですけど、今よろしいですか……?」  よろしくない! よろしくないぞ、そこの一年生!!  心の叫びを喉元でギリギリ堰き止め、視線をそらして無言を貫く。 「おっけー、じゃ、南田くん、また教室でね!」 「うん、また」  せっかく十五分も立ち読みして待ち伏せしたのに、西宮さんと登校できるイベントはものの数十秒で終わってしまった。  意気消沈していると、左肩に軽い衝撃を受けた。 「よっ」  軽薄な挨拶と共に肩をぶつけてきたのは、クラスメートの堀北(ほりきた)和也(かずや)。  カバンにいくつもの薬草のキーホルダーをじゃらじゃらつけているこいつは、植物研究同好会。尋常じゃないほどの植物マニアで、草花の匂いを嗅ぎ分けているうち鼻が発達し、今では常人の七倍の嗅覚を持つらしい。
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