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正面側の引き戸を開けて、中途半端に冷房の効いた教室に足を踏み入れる。
僕と堀北の席はどちらも教室のちょうど真ん中あたり。教卓の前を通って席へ向かう。
僕の右斜め前の女子生徒・東条響さんはすでに席についていて、いつも通りノートの上でシャーペンを走らせていた。
「よっ、東条さん。テスト対策はばっちり?」
誰にでも話しかける性格の堀北がそう訊くと、東条さんは手元のノートから目を離さないままこう答えた。
「興味ない」
こう言っているけれど、彼女はきっと今回も学年一位だろう。
化学同好会の会長にして、唯一の会員である東条さん。
将来は火薬の研究者を目指していると噂の彼女は、得意科目の数学や理科はもちろん、どの教科もほとんど毎回九十点以上を取る。
授業中・休み時間問わず常に真顔でシャーペンを動かしており、彼女の目や口に何らかの表情が現れることはほとんどない。どこまでも、無表情。
堀北と東条さんの会話がそれ以上続くことはなく、僕らはそれぞれ自席に腰を下ろした。隣席である西宮さんの荷物はまだなかった。
試験中のため、席は一時的に出席番号順、つまりアイウエオ順になっている。
「東条」の後ろに「西宮」。西宮さんの後ろと左隣の列に「ナ行」・「ハ行」がしばらく続いて、「堀北」の後ろに座っているのが僕、「南田」だ。
隣の席が西宮さんであること。
テスト期間が僕にもたらす唯一の、そして絶大なメリットだった。
今日の五限にはテストが終了し、席は通常の配置に戻ってしまう。
そうなると僕は廊下側の一番前で、西宮さんはベランダ側の一番後ろ。
つまり僕らは対角線上。物理的にあり得る中で一番遠い位置にいる。
せめて前後逆なら、授業中に本人に気づかれず後ろ姿を見つめ続けるという極上の背徳感を味わえたのに。
……と、いうわけで!
席が隣である今日のうちに、なんとしても西宮さんとの距離を縮めなければならないのだけれど。
これと行った決定打を打てないまま、時間は刻々と過ぎていった。
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