エピソード2

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エピソード2

夜の学校。 別にそんなものにロマンは感じないし、学校はただの刑務所で卒業という釈放を待つだけの日々だ。それなのにこの日、僕が薄暗い廊下を歩いていたのは単に 「さすがにキムチはいった弁当を放置して帰るのはな……」 弁当箱を回収したかったからだ。 「帰る時なんか忘れ物してるとは思ったんだよなあ……」 僕が学校が嫌いなのには理由がある 昔いじめられていたからだ 今はいじめられてないが、こんな忘れ物をしては 机臭男として新たにいじめられてしまうだろう とっとと洗おう。そう思って自分の教室 3Bに入った。 「……よし、誰もいない」 弁当箱の包はすぐ見つかった。 とりあえずまだ臭いは大したことないが、ちょっと換気しよう。 「まあいまさらいじめれたところで どうせクラスメイトと関わらなきゃいけないのもあと数ヶ月だし……苦じゃないけどね ……やっと別れられる 学校なんて、ほんと楽しくなかったよ」 誰もいないのをいいことに 独り言が増えていく 卒業式なんて鼻で笑い飛ばしてやる そう思って窓をあけた 涼しい、新鮮な風が入ってきた でも、それだけじゃなくて。 「え?」 薄暗い、夜の月明り カーテンの隙間から 真っ白な手が生えていた。 ここは4階 ベランダもない 手があることは おかしい 作り物でもないそれは、人の呼吸にあわせて揺れている 瞬きしても消えない。 『出るらしいよ幽霊』 『影が見える、寒気するって話もちらほら……』 影だけならともかくまさかこんなにはっきり 手が見えるなんて 「これが……幽霊……」 案外、びっくりしすぎるとリアクションに困るな 叫び声とかでないんだけど というか、手……どうなってるんだろう この先…… 「……こういう手だけ出てる幽霊って 逆にこっちから引っ張ったらどうなるんだろう」 いつも幽霊にびっくりさせられるんだから びっくりさせ返してもよくない?って そんな好奇心に耐えきれず僕は その手を握り、引っ張ってみた。 すると 「きゃあっ!」 「うわ」 きゃあと叫んだのは僕じゃない。断じて 引っ張られ、転げでてきたのは同い年くらいの少女だった。 僕が倒れた反動で机がガタガタと音をたてる。 「いたた……なんで急に引っ張るんですか」 「……え、手だけ出てたから……手差し伸べられたら掴んじゃうでしょ、そんな感じ」 「そんなことって……て、あれ?そういえば あなた私が見えるんですか?!」 笑顔でそう叫んだ彼女の、髪がふわーと揺れる 眩しいくらい白い女の子だ 髪も……肌も……まつげまで。 服は紫色のレースのワンピース え、えーと日本語通じる幽霊なのかな いや、日本語喋ってるか。 「見えるどころかちょっと触れたね」 申し訳ないけど、いや申し訳ないのか? 幽霊なのに怖くない 目がおっとりしたタレ目で、話し方もゆっくりなのだ こういう人って生きてても死んでも怖くなれないんだなあ。 「嬉しいです!はじめてです 私のこと見えたって人!」 彼女がぶつかっても揺れなかった机が カタカタ……と揺れ始めた どうやら彼女のきもちが高ぶると周囲の物が揺れるらしい。 ポルターガイスト現象か。 彼女は話を続ける。ずっと喋りたかったのだ、と。 「寂しかったんです…… 何度この日を待ちわびたことか! いままでぬか喜びの連続でした 生徒がテスト中の時、先生がね すごく暇そうに天井見てるから、ずっと目をそらさないから、私がいるの気づいてもらえた!ておもったら私の後ろにある落書きみてたみたいで…… それはさすがにショックでした それでも色々な人に何度も声かけて手をふりつづけました ……皆なにも感じてないみたいで 今日もとっくに下校時刻は過ぎてるのにあなたが突然きたから 意味もなくカーテンの隙間から手を出してたら…… こんなことって……」 「意味なかったんだ。あれ 下手に見える人はびびるからやめなさい」 見てもらえた、その嬉しさのあまり、彼女は僕に抱きついてきた。しかし ふわっとそれはすり抜ける 彼女は小首をかしげ 今度は抱きつくのではなく僕の胸に手をあててきた。 とん、と触られてる感覚がした。 少し冷たい。 「あれ……感覚あるの手だけみたいです……ね」 どうやら彼女は僕のどこでも触れるが 僕は彼女の手しか触れない そして手以外は互いに全部すり抜ける という状態らしい 「まあ、会ったばかりなのに手以外触ってほしいだなんて、痴女じゃないんだから」 「誰もそんな話してません!   ……ねぇ、すぐ帰らなきゃだめですか? 私寂しくて寂しくて もう少しお話したいです」   まあ……可愛い子に寂しい、かえらないでと 言われたら応えてしまう程度には僕は男なわけで。 「まあ……いいけど キムチが臭くなっていくだけだし」 「私嗅覚ないから大丈夫です!」 「そういう問題じゃないんだけどな」 不思議な空間だった 机に座って、二人で喋った 人見知りの激しい僕だけど、相手が幽霊だったからなのかスムーズに話せて というか、彼女がそうさせるんだと思う 相槌とか、おっとりとした空気が ゆっくり、自由に喋っていいんだと リラックスさせてくれる。 幽霊に安心してる僕って一体 「名前はなんていうの?」 「木林柊です」 お前木ばっかだなていじめられそうな名前だ。 「僕は田中太、普通でしょ」 「普通に、素敵ですね」 普通に素敵か そうか。この名前でよかった。 「いつからここに幽霊として?」 「正確な時間は覚えてないんです……ただ、病死でした」 「…………そっか、辛かったね」 「……いえ、もう過ぎたことですし今は痛くも痒くもないので……けど生前ろくな思い出ないから あまり話題は広げられないんですけど…… あ、病院食のスープに珍しく鶏肉入っててうれしくて」 「ごめん、毎日のように鶏肉食べてる僕にその些細な喜びは共感できない…… 鶏肉がすきなの?」 「いえ、好きな食べ物は……甘いものですね モンブランとか好きです」 時計の針は授業のときよりもずっとはやく進んでいく。 それは、僕が今この瞬間を楽しいと思っている証拠だ 「……生きてる人をこんなに呼び止めたら大変 そろそろ帰らなきゃいけないですよね」 「あーうん……まあそうね じゃ明日また、来るよ 何時くらいから会えるの?昼間はいないよね」 「出現しようとおもったらいつでもいけます! ただ、寝ると意識なくなるから消えてる状態かもしれません そういう時は呼んでも会えないかもです」 「そういう感じなんだ、じゃあこれから毎日17時くらいからここでどう?」 「え、でも 心配される両親とか友達とか……か、彼女とか……」 「まあ両親はいるけどそれ以外はいないよ 僕は男だし、親もそんな心配しないさ」 彼女か……、作ろうと思ったことも、居たこともない。 男友達がいないぼっちだし そんなダメダメな僕を親切な幼馴染が面倒みてくれている 青春には程遠い、そんな状態が僕だ。 「え!本当?!本当ですか……私、あなたみたいな人と学校で過ごしたかったから すごく嬉しいです…… 今日こんなに嬉しくていいのかな…… 太君……好き、好きです これからあなたのこともっと知りたいです!」 「え?好きなの?」 そんなこと言われたのはじめてだ。驚いてすこし固まってしまう じわじわと響くこの言葉 なんか、なにも返さないわけにはいかないとおもった。 「……じゃあ、付き合う?」 「あ、あわわなんか軽くないですか」 「……軽くないよ なんとなくだけど、僕も君のこと好きかも」 その白い体に 触れた手に やさしい瞳に 「いや……好きだよ」 一目惚れかもしれない。 告白はじめてされました〜!と自らの頬を冷やそうとパタパタする柊さんは、可愛くて。 その日から約束通り毎日僕は教室に通った。 「柊さん、手触れるならアルプス一万尺でもしよう……こやぎの上だっけこやりの上だっけ踊るの」 「ちょっと下の学年の教室見に行こうよ」 「今日、月がキレイに見える日らしいよ すごい、ピンク色だ、まるでハムだね」 色々なことを話して過ごした そして、僕たちは何ができるのか 何ができないのか実験をしていった。 「今日はドーナッツ買ってきた」 「わあ、そういえばなにか食べようとしたことないです死んでから」 彼女はわくわくと箱からそれを取り出す。 ドーナッツを掴むことはできるらしい、けれど口に運び、というか手から話した途端、歯型もつかないドーナッツが、とすっ、と床に落ちた。 「あ……」 粉砂糖が散っている 「掴めるだけで食べることはできないんだなあ……」 「うう……せっかく美味しそうなのに」 「なんか見せるだけの拷問みたいになったね」 そんなつもりはなかったけど 「味だけでも知りたいので食レポしてくれませんかっ」 突然の無茶振りに僕は動揺する あたりを見回すが助けてくれる人がいるわけもなく 「わ、わかった」 シャリ……サクッ 「美味しいよ」 いや、美味しい不味いしか言ったことない僕に食レポなんて無理だ でもさすがにこれで終わりとは思っていないのか彼女の目は期待でキラキラしている 恥ずかしいけど食レポとやらをやるしかないか……。 「砂糖のコーティングがこう……わかるでしょ……?なんかパリパリしてて 食感よくていいよね……すごく甘いし…… ドーナッツ本体?生地?生地っていえばいいのかな 生地ふわふわしてて……甘さ控えめで美味しい…… 結局甘いのか甘くないのかでいわれると総合的には甘いかな……」 なんだこれ、地獄か? 「わあ、すごい想像できました!」 「今ので?!」 「あと顔赤くなってて可愛いです!」   「君、案外ドSの才能あると思う」 そんなふうにいじめられながらも、ノートに書いていく。 彼女とこれから付き合っていくために必要なことを。 ・彼女の手だけは物にも人の体にも触れれる そのため、手紙はかけるし手もつなげる 付き合って最低限したいことはできるみたいだ ・なにかを飲んだり食べたりはできない 一緒に何かを味わえないのはちょっと寂しい ・手をつねってみた。痛みは感じないという 空腹もない、ただ人並みに眠気だけはあり、寝ると消えた状態になる ・周囲のものを念力でゆらす、動かすことができる これは意志の強さによる ・学校内ならどこにでも移動可能 「わぁ、書いてくださってるんですね」 「まあ、彼女のことは知らないとね」 で、さすがにこんなことばっかり研究していたら 途方もなく時間がすぎるわけで 今日はついに帰りが21時になってしまった。 「やば、もう施錠されてるかも」 走る僕に、廊下で仁王立ちの幼馴染の姿が 「せい……ら」 やばいな、どうしよう なんかすごく怒っているみたいだ 「ねぇ、最近学校でなにやってるの? そんな遅くなる理由ないじゃん なにか隠してるなら話して」 怒った、低い声 けれどちょうどいい、試したかったことー…… 今僕の隣には柊さんがいる。いつも校門までは一緒に行くのだ 「ねぇ、今僕の隣になにかみえる?」 「え……な、なにいってるの……?こわい」 反応は予想通りだった。 星羅に霊感あるように思えないからな…… でも、僕もそんな霊感あるほうではない実際 幽霊みたのは柊さんがはじめてだ なんで見えたんだろう? ……わからない わからないことだらけだ 「変なこといってないで、帰りながら話そ ……なんかここらへん、寒い」  「え?どんなふうに?」 「ぞわぞわーってする」 それを聞いた柊さんは、え、え?という仕草をして 距離をおいた。 みえなくても周囲に寒気は与える、と……。 夏場とかに扇風機いらずかもしれないよね。そんなとこも素敵だ。 結局、見えないものは仕方ないので 柊さんには手をふり、口パクでまた明日と伝えた。 「さよなら、おやすみなさい」 かわいい。 自分には、この人が見えてよかった。 もし見えていなかったら 眼の前で手をふる彼女を無視することになる 本当は居るのに ずっと居たのに。 帰り道、星羅は暗い顔で僕の手を握ってきた。 いくら仲良しとはいえ、いままでそれをされるがままにしてたのは想い人がいなかったからだ。 僕は、力をすこしだけこめて、するりと振りほどく。 星羅は、なんで?という顔をした なんで どうして 「どうして嫌がるの? なんでそんな帰りが遅いの?」 「……ごめん」 「謝って欲しいわけじゃない!心配なの…… また……また、いじめられてるんじゃないかって」 うるんだ目、すこし血の気の失せた唇 心配かけていたんだ、自分は こんなにも。 これはもう、近々理由を話したほうがいいだろうな いやでも、話したところでみえない以上キチガイになるというか 余計に心配させるというか……なんていえばいいんだ?幽霊に恋しましたって とりあえず 「……いじめじゃない。 それは信じてほしい、ほら、持ち物だって汚されてないし、これは学校全体のトークルーム、見ればわかるでしょ? 陽キャが誤爆して笑い合ってるだけで僕の発言は 数ヶ月前の そうだと思います だけ、それに対し誰もとくにいじってないでしょ それにそろそろ受験勉強だって忙しくなる 皆いじめるほど他人どころじゃないんだよ」 ちなみに僕は受験にそんな困っていない 頭もそんな悪くはないし、高望みもしてないからだ。 普通に実力でここいけるだろ ていう大学がいくつもある。願書を出しそこねさえしなければいい話だ。 「……なら、いいけど たしかに不良に蹴られたりしてるのかとおもったら、周りに誰もいないみたいだったし…… カツアゲされてる感じてもないよね……お金困ってる様子もなさそうだし……親の財布からぬいたり?」 「僕の親が財布の中身を逐一チェックするほどけちくさいの知ってるだろ 10円単位なくなったって気づくよ バレたら殴られるし不良より怖い 不良に脅されて親の財布からお金とるくらいなら不良に殴りかかったほうが生存確率高いと思う」 「それはご両親のことを怖がり過ぎだと思う!ワタシには優しいよ?!」 「そりゃ星羅は女の子だし可愛いから…… 男なんてこんな扱いだよ基本」 「か、可愛いって じゃあとりあえずいじめはなかった、と でもそれはそれで怖い!夜の校舎で一人でなにしてたの……?」 「……そのうち話すよ、星羅」 「……なに?」 「心配してくれてありがとう」 「……馬鹿、そんなんじゃないし」 誤魔化した感じになってしまったし実際誤魔化したんだが 心配されることには素直に感謝している……ああ、いや、でもちょっと過剰すぎる 過去のいじめがそれだけショックだったのか いつまでも星羅はお姉ちゃん気取りて僕を護らなきゃと思っている 気づいているのだろうか、もう僕のほうが背が高くなったこと、男らしい体格になったこと 護るといえばどちらかといえば 僕が星羅の方を、だ。 まあ日常生活において普通にしてれば 護る護らないなど、そもそもそういうことは起きないんだけど それでも世間体をまもることくらいはできる 体格のいい男と常に一緒にいれば、いつまでたっても疑われ続け、彼氏なんてできないだろう。 ……ちゃんとしなきゃいけないな 星羅のためにも 柊さんのためにも。 今後の、僕は……。
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