エピソード3

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エピソード3

夜の学校、目をあける 周りには誰もいない、なにもない 私は教室をうろうろし、いつもの散歩をした。 廊下をふよふよ浮いて、音楽室でピアノを弾きながら歌を歌って飽きたら 職員室に入って、ちょっとしたいたずらで小物の位置をズラしたり、引き出しをあけてのぞいてみたり 「また新作のお菓子が入ってる いいなあ、食べたい」 国語の先生はいつもお菓子ばかり食べてる 数学の先生はまじめ、整理整頓されてる 歴史の先生は多分鼻をかんだティッシュがそのままはいってる 引き出しの中身は人となりをあらわしていて、面白いのだ。 一通り見たので、ふよふよと浮いて 夜のプールへ 昼間にぎやかだったのが嘘みたいに 誰もいなくて 夜の月、水面が浮かべている とてもきれいな光景、うっとりする ここに堂々と出入りできるのは幽霊の特権だ。 もし実体だとー……。 「学校のプールでなにをやってたんですか 署まで同行願います」 「見逃してください……夜の学校のプールってなんか……青春ぽくて……」 丁度、プールで泳いでいた近所のおじさまが警察につれていかれている…… ああなってしまうのだ。 「あらあら」 私は浮遊しながらそれを見送り 足先、水面に触れる 水も私の体も どちらもただすり抜けていくの 透明、すべてが透明になって……。 私は、最後に3Bの教室に戻ってくる 窓からの景色が一番いいので、この教室が一番すき。 それは、いつも通りの日だった でもいつもとは違う足音 見回りの警備の足音じゃない そんな事務的なのじゃなくて、急いでいる感じ ガラッと扉が開く 私は隠れる必要はないのにカーテンに隠れた 忘れ物かな? その人はすぐ目的のものを見つけたらしく ただ、帰らずに窓を開けた。 「学校なんて、ほんと楽しくなかったよ」 そんな独り言をいう彼に なんで?という気持ちが湧き上がる そんなことないよ 私は普通に学校に通える生活を楽しみに、楽しみにしてたの 通学バッグを買ってね、制服を飾ってね でも一度も使わなかった 退院できなかった ……だから、そんなこと言わないで! きっと楽しいって思わせて! そう思って、なんかしてやりましょうとおもって 嫌がらせに、見えたらびっくりするだろう角度で手だけ出してみた。 わさわさと動かして、するとー…… 「きゃっ」 なんと、ぐいっと引っ張られてしまった 「ーー……多分だけど、あなたに私が見えたのはね 私が学校好きで学校はきっと楽しいんだーて夢ばかりみてて、対してあなたは学校が嫌いだった そんな学校への相反する想いがぶつかって 見えるようになったのかなあ……て」 「……そうか または、僕は口では学校嫌いていいながら 楽しく過ごしたかったていう気持ちもあったのかもしれない 嫌いでも好きでも、それは同じく執着、未練につながる それに共鳴したのかもね とにかく、よかったよ、それで君に会えたなら」 今日はなぜ他の人には見えなかったのに 彼には私が見えたのか、を考えていた。 そしてそんな答えに至る まだ部活している生徒が校庭にのこっている この時間居座ることにとくに問題はないらしい 校庭を横切り、校門へ 「……だめだ、何度試してもこの先は行けそうにないね」 「……はい、強く望んでみても、ダメです」 校門のあたりまではいけて、その先はもうだめだった、壁があるみたいで。 「……どうせ死んじゃったなら、もっと自由に飛び回りたかったです でももう遅くて ……叶うのは生前の私の学校に行きたかったなていう願いだけ…… だから私はここにはいられて 他には居られないんですね ずっと過去のまま、未来にはいけない ずっと停滞しつづけてる、なにも変えられない なにも成し遂げられない 幽霊って……私って……そんな存在ですね」 弱音を吐く気はなかった でも、彼の雰囲気がそれを許す 私が周囲に寒気を与えるなら 彼は私に温かさを与えてくれる 太君は考え込む仕草を見せながら口を開いた 「……突然自分語りごめんだけど 僕、ひねくれてて 青春とか恋愛とか友情とか努力とか 馬鹿じゃないのって、必死になればなるほどダサい て思ってて、人間の本質はもっと残酷で汚いんだっておもってたんだ でも最近はちょっと違ってさ…… 醜い面も素晴らしい面もみて、はじめてこの世界を、人を見れてると言えるんだとおもう。 綺麗だ……空気が澄んでて 君といるとなにもかも 教室だって、校庭だって、校舎だって こんなあたたかくて、卒業したらもう二度と戻れなくて、切なくなる空間だなんて思わなかった 卒業式でも、泣くかもしれない こんな気持ちに、なれてよかった 僕は変わったんだよ、そして変えたのは君だ これは確かに前進だし、生きてる魂が与えてくれる変化だ」 「……太君……」 「柊さん……」 いまのあなたは、学校がたのしいの? なら、よかった 『学校なんて、ほんと楽しくなかったよ』 そう呟いたあなたは、寂しそうだったから。 私達は、空き教室に来ていた。 3Bがお気に入りではあるが、一番先生や警備の人に見つからない隠れ場は やはり空き教室だ。 「……ねぇ、さっきの話を聞いていて思ったんだけど学校だけが柊さんの生前行きたかった場所なの? もしかしたら、過去に行きたいと願ったことある場所なら行けたりしないかな 外を出て行くのは無理でも 学校からその地点にワープみたいな」 「……そういえば……やったことなかったです」 「……行きたかった場所、ほかに思いつく?」 そう聞かれて思い出す たしか、たしか…… 「日記に書いてました……毎日 ここに行きたい、あれをしたい こうしたい……日記は……私の家に」 「……家に、帰りたいんじゃないの?」 「……はい……でも、怖くて 私がいなくなったあとの両親をみる、のが……」 泣いていたらどうしよう 逆に、笑っていたらどうしよう そのどちらだとしても自分はきっと苦しい 震える手を握られる 「明日、一緒にいこう 住所教えてほしい 僕はその家の付近で待つ。 君は家に帰れるように念じててほしい」 「……ええ、わかりました」 卒業したら、なかなか学校に入ることはできない 私達が外で会えるきっかけになるのなら それに越したことはない 「不思議です、あなたとだったらどこへでも行ける気がして」 「……僕は本当は怖いよ 君の居る環境を変えて なにがきっかけで成仏して居なくなっちゃうのかわからなくて だから君が死んだ理由を聞かずに、思い出だけを作っていこうとおもってた だらだらとこのままで…… でも本当に愛しているならこの先を考えなきゃいけない やっぱり好きな人のことは知りたい 聞いていい?柊さんは……なぜ、亡くなったの?」 「私はー……アルビニズム……えっとつまり アルビノだったんです 色素が薄いでしょう?両親は普通だったんですが私が産まれたときはそれはそれは白い赤ちゃんだったと驚かれました べつにアルビノの人皆が皆短命なわけではないのですが 私は特に皮膚が弱く、すこし日にあたるだけで水ぶくれを繰り返しました 両親は本当に優しくて お父さんはなにか欲しいものはあるか、ていつも聞いてくれました お母さんはクリームを私の腕に塗り 痛かったね大丈夫よと何度も声をかけてくれました 柊は綺麗ね 将来なにになるのかしら 楽しみだわ そう言って、ちゃんと未来があるんだよと安心させるように笑ってくれました でも、皮膚がんで入退院を繰り返す内に、その笑顔には疲れと寂しさが見え隠れするようになって いつしか、誰も将来の話はしなくなりました 大丈夫、今回のは手術ですぐ取れる箇所だったから 大丈夫定期的に検査していくからって そんなことを繰り返して それが肺に転移した時、私は亡くなりました 皆、たっぷり愛情もお金も時間もかけてくれました それでも、応えることは出来なかったんです」 私がそう伝えると、太君は悲しそうな目をしながら それでもしっかり聞いてくれてー…… 私は太君に見守られながら親へ手紙を書いた。 「……せっかく会いにいくんだ 手紙なら今からでも気持ちを届けられるから いたずらと思われないために、数年後に手紙が届くサービスに申し込んでた、てことにしよう そういうサービスあるからね」 「はい!生前に書いた風にします あと私ぐらいしか描かないハムスターのイラスト添えときます」 「……かわいいハムスターだね」 歯茎むきだしのハムスターのイラストは 私が何度も家族への書き置きで描いてた、昔飼ってたペットの姿だ これで私と気づいてもらえるはず 『お母さん、お父さんへ あなたたちがこの手紙を読む頃、私はもう亡くなっているかと思いますが どうかそんなに寂しがらないでください 私は結局元気に日の下を走れなかったけど でもそれは誰のせいでもありません あなたたちがお日様よりもあたたかい 愛情を注いでくれたこと 知ってます、普通に元気に生きてる子よりも親の愛情を感じれたかもしれません 短い間でしたが私は幸せでした 本当にありがとうございます』 翌日 私は、いつも通り出現した教室で、ひたすら願う 学校だけじゃない、行きたい所は色々あったんだ 帰りたい、帰りたい 家に帰りたい 目をあけると、私は、何年ぶりだろうか 学校以外の景色の中にいて 多分、これは家だ 外壁の色が変わってる、ポストも変わってる でも玄関の名前プレートは変わってない! 横を見ると、微笑んでる太君が 「ポストに入れておいで、君の手でさ」 「……はい!」 その時、玄関がガチャリと開いた 太君はとっさに電柱の影にかくれ、不審者のようになっている お母さんは花に水をやりにきたらしい 紫色の花 ガーデニングが趣味で……うん、よく覚えてる 老けている母を、私は綺麗だと思った。 あれから長い年月を生きてくれたんだね 「お母さん、大好きよ」 お母さんの髪からも色素が抜けてる まるで私みたいね 頭を撫でて、離れると 「……気のせいかしら」 そう呟いて、私のほうをみて、目を細めた。 「……柊」 お母さん、あなたの心のなかに 私はまだ居たんだね 「……?あなた!柊から手紙が!」 「なんだって?!」 「柊……柊ごめんね ありがとうね」 「柊ごめんな……父さんずっと後悔してるんだ 最期のほうのお前を見るのがつらくて 仕事ばっかり行ってた……寄り添ってあげるべきだった ごめんな」 でもお父さん、いつも私の好きな人形くれたよね わかってるよ 全部わかってる ……だから、もういいの あなたたちも幸せになってください それがきっと、残されたもののできることだから 願えば、こんなすぐ此処にこれたのに 無意識に避けてたの 本当に、ごめんなさい   そして私の背を押してくれた太君に じわじわと、あたたかく、強い気持ちが湧いていく 私、私あなたが好き 改めて、そう思うの。 ふわふわと両親としばらく一緒に過ごして、私は二階の自室へと飛んだ  ありがたいことにものの配置が変わっておらず、退院しては家のベッドだと喜んで飛び込んだ、やわらかめのベッド、よく話しかけていたぬいぐるみ、少女漫画が入った本棚、モノクロの机 全部そのままで、机に日記があった。 日記をもって、家をあとにする前に 一度振り返る 「ありがとう、お父さんお母さん これからは定期的にくるからね たとえ新しい子ができても、笑ってても もう、私寂しいとか裏切られたなんて思わないよ」 この愛情は、未来になにがこようと たしかに、この胸に。 「太君、お待たせしました」 「ううん、はやいくらいだよ もっと時間かけてもよかったのに」 「いいんです…… あ、あの……読んでください 気持ち的には裸を見られるくらい恥ずかしいですが私のことを知ってほしいので……」 「そうか……じゃあこれを見ることは実質裸を見ることとイコールか……じっくり見るよ」 「改めてそう言われると照れます」 日記には、あの頃の気持ちが赤裸々にかかれている。 ぺら、と太君の手でひらかれる 1ページ1ページの文字数はすくなくて、結構もったいない日記帳の使い方をしてしまったなあとおもう。 『手術終わりました 寝てると大丈夫だったけど 立つと痛い、胸が苦しい しばらく車椅子かも』 『今日はお母さんにお菓子の新作買ってきてもらえました うれしい、熱が下がったら食べたい このために頑張ろうと思います お父さんは来ないのかなあ』 『点滴痛くて寝れないです 暇なのでハムスターをたくさん描いておきます』 『呼吸がくるしい こわい いやなの したいことがたくさんあるの 行きたいところがたくさんあるの まだ終わりたくない ここにいたい 駅前のケーキが美味しいっていう喫茶店に行きたい 新しくできたっていう○ビルの映画館いきたい ○○水族館いきたい お家に帰りたい なにより、私、もっと色々な人に出会いたかった 学校へ行きたかった』 「…………」 日記が閉じられる。太君はそれをカバンにしまうと 暗い顔のまま口を開いた。 「いままで話には聞いてたけど、いざ日記でみると、その時の君がそのまま瞼の裏に浮かぶようで ……つらいな」 「……すみません、病気の話てつらくなりますよね」 「……いや、そういうことじゃなくて…… 君のことだから苦しいんだ」 太君に、まっすぐ見られてる 私って……ずるいよね、反則だよね 皆どんなふうに人生の幕をおろしても そこで終わりなはずなのに 私は死んでから都合よく 人生の続き をおくっている。 転生するでもなく、成仏するでもなく 未練がましくて、情けない でも、でも 今だけでいいんです、この人を独占させてください 「太君、大好きよ」 「……僕もだよ」 今だけでいいの
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