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かつてビデオ撮影を頼まれた時と同じことを言われてはっとなった。まるで過去へと引き戻されたような感覚に襲われ、だから断れるはずもなかった。それにお願いの内容は明瞭に想像できた。
「つまり、僕が葉月さんと会っていることを美郷さんに伝えて、怖えないようにサポートしてあげるってことですね」
「そうよ、さすが雅史君ね」
少女の表情がぱっと明るくなる。
「それに両親がいない子なのだから、力になってあげてほしいの」
「なるほど、そういう意味もあるんですね」
雅史は葉月がこの世界に現れた理由が、ようやく受け入れられた。
だから葉月がふたたび自分を頼って会いに来てくれたのだと思えた。
「最後にはいい相手を見つけて、ひとり立ちできたらいいなって思うの」
「だからって、濃密な男女関係、なんて言い方しなくてもいいじゃないですか。誤解の元ですっ!」
「あっ、もしかして雅史君、自分が相手になるって意味だと思ったの?」
雅史はぼっと赤面する。いまや同い年になったはずなのに、まるで精神年齢の差が埋められていないと、己の幼さに愕然とする。
「からかわないでください! 僕は葉月さんに一途なんですっ!」
「あら、嬉しいわ。だけどそれ、私と男女関係になりたいっていう意味?」
かつて雅史は葉月と本当の恋人になりたいと、心底願っていた。とはいえ目の前にいるのは――。
「ちょっ、ちょっと待ってください、それは犯罪ですよ! だって外身は――」
「もう、臆病なんだから。じゃあ許可を得られるかどうか、美郷に尋ねてみたら?」
「きっ、聞けるわけ、ないじゃないですか!」
少女は楽しそうに笑う。一方の雅史は自身の抱いた邪念が恥ずかしくなり、頭をテーブルに叩きつけてかち割りたいほどだった。
心の中で七転八倒する雅史の耳元で少女は吐息交じりに囁く。
「でも女の成長は早いわよ。瞬きするごとに綺麗になってゆくんだから。私よりずっと若いし、ね」
「はっ、葉月さん――ッ!」
熱も脈拍も、とっくに雅史のキャパシティを振り切っていた。
コーヒーを二杯おかわりして、雅史はようやっと冷静さを取り戻した。
思い出話を切り出そうとしたところで、少女は店の壁掛け時計を確認してはっとなった。
「あっ、もうすぐ私、消えてしまうかもしれないから、今日はここでお別れにするわ」
突然の打ち切りに、雅史はこれが一瞬の奇跡だったのではないかと不安に襲われた。
「葉月さん! また……また、会えますよね?」
「もちろんよ。私だって、雅史君に会いたかったんだから」
思わず口をついて出た言葉に、少女は上品にほほ笑んだ。その表情は、たしかにあの頃、雅史が恋焦がれた「春日葉月」の笑顔そのものに思えた。
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