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アパートに戻った雅史は、ベッドに倒れこみ、かつて葉月とカフェを訪れた時のことを思い出していた。
目的は「ビデオ撮影」なのだが、雅史にとってはほぼデートと同じ心持ちで、病魔に冒された相手に対して不謹慎だと思いながらも、そのときめきは抑えられなかった。
「今日は阪上くんとカフェに来ています。お店はここ、ラテアートで有名な『エルシド』です。休日なのでお客さんがいっぱいで、ようやっと席が空いたところです。さて今日は何を飲もうかな」
雅史は葉月のナレーションの流暢さに心酔しつつビデオを回す。
「先生、ニュースキャスターになりきってますね」
「うん、自分でもしらじらしいと思うなぁ」
「キャラ作ってるんですか、ごく自然に見えますけど」
「自然な姿を撮ってほしいと思っているけど、やっぱりカメラがあると意識しちゃうのよね」
小さなため息をこぼして目を伏せると、長い睫毛が妙に際立つ。
銀縁眼鏡のマスターが飲み物を運んできた。カップを乗せたソーサーをテーブルに置くと、葉月の表情がぱっと明るくなる。葉月はマスターに軽く会釈をする。マスターも落ち着いた声で「ごゆっくりどうぞ」と一礼してから背を向けた。
注文したカフェラテは幾何学的な模様の木の葉が描かれていて、この一杯にも相応の技術が込められているように思える。
「フリーポアっていう淹れ方なんだって。難しいけれど、いろんな絵柄を作れるんだって」
「へぇ、さすが常連さんですね。それでは感謝していただきまーす」
一口こくっと喉を通すと、その綺麗に象られた木の葉模様はさっそく歪んでしまった。
「あっ……なんだかもったいないですね」
「私も最初は飲むのがもったいなかったよ。でも放っておかれるのが一番かわいそうじゃない」
「それひょっとして、放っておかないで、っていうアピールですか」
雅史の返しに葉月は意外そうな顔をした。
「阪上君って、本気出せば恋愛偏差値一気に上がりそうで心配」
「上がるのは一教科だけで十分幸せです」
「それ、一途ってこと?」
「もちろんです」
葉月は照れたように口元を緩める。この笑顔は自分だけのものだと、雅史は欲張りの気持ちを実感した。
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