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翌日の放課後、ふたりは机を挟んで向かい合い腰を据える。葉月は落ち着いた表情だったが、雅史の脳裏にはどうしても葉月の泣き顔が浮かんでしかたない。
「聞いたら断るっていうのはナシだからね」
葉月は前置きをしてから、雅史の目の前に小さな箱を置いた。
薄い段ボールで出来たような、軽く両手で持てる程度の大きさの黒い箱。蓋を開けると、その中には片手に収まるサイズのビデオカメラが入っていた。
「機械の類って男の子の方が強いに決まってるよね。私、苦手だから、買っただけで全然手をつけてなかったんだ」
葉月はそう言って雅史の反応をうかがう。雅史は意図を尋ねた。
「僕にこれを使えっていうことなんですか」
「うん、撮るのは阪上くんで、被写体が私。しばらくの間、よろしくね。それが私の『お願い』なの」
そう説明する葉月は、無理に明るく振る舞っているように見えた。けれどその動機はさっぱりだ。
すると葉月は椅子をそそくさと動かし、雅史の隣に寄り添った。
「いい? これは私と阪上くんの秘密だからね」
意味ありげに小声で言い、葉月は両手を自分の背中に回した。背後でぷちっと小さな音がした。
その後、長い黒髪をかきあげて耳にかけると、神妙な面持ちで目を合わせ、雅史の右手をやさしく掴む。そして着ているニットの裾を少しだけ捲り上げた。
雅史はまさかと思った。だけど葉月は目を合わせたまま、真顔でそのまさかを口にした。
「触ってみて」
雅史の心臓が跳ね上がる。必死に冷静さを保とうとするが、気持ちが追いつかない。
素直に応じていいのか? 拒否するのは失礼なのか? 早急に事を進めるのって、大人では常識なのか?
混乱と緊張で血液が脳天に集まり、つむじの辺りから吹き出しそうになる。
それでも葉月はためらうことなく握る手に力を込めて、着ているニットの下に雅史の手を滑り込ませた。そして右胸に雅史の手を押し当てた。暖かくてやわらかい、マシュマロのような感触が手に伝わる。初めて触る、女性の胸。脳髄がどろりと溶けて耳から流れ出そうになった。
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