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【プロローグ】
こんな奇跡が起きていいものなのだろうか。神様は僕にこんな形の再会を許したのだろうか。
阪上雅史は少女の姿を見て、麻酔をかけられたような感覚に陥っていた。残酷な奴としか思えなかった神様に、初めて感謝したくなった。
一陣の風が降り積もった桜の花びらを舞い上げ、木陰に佇む少女の艶めいた黒髪を無造作に揺らした。風が描いた桜色のトンネルの中で、少女が雅史に気付いて振り向く。深く澄んだ瞳がかすかに揺らいだ。
すぅ、と深く息を吸い込んで、薄桃色の唇からやわらかな声がこぼれる。
「久しぶりだね、雅史君。元気だったかな?」
三月末の終業式の日。雅史は同僚の教師伝いに一通の手紙を受け取った。その手紙には、たったひとこと、「三月二十九日、午前六時。虹ケ丘公園の桜並木の下で待っています」とだけ書かれていた。
城西高校から一時間以上離れた公園を待ち合わせ場所に指定した理由は、誰にも見つからないようにするためだと容易に想像がついた。教師が生徒の誘いに乗ってはいけない、そんなことは百も承知の雅史だが、今回ばかりは事情が違った。
なぜなら、雅史は手紙の最後に書かれた名前を読んだ瞬間、落雷のような衝撃を受けたからだ。もしも真実なら、それは常識で推し測れるはずもない奇跡なのだ。
「春日葉月」――それは十二年前、雅史が高校生の時、恋に落ちた女性教師の名前だ。
恋人関係というわけではなかった。けれど一年近く、ふたりだけの時間を共有した間柄だった。
幕切れが訪れたのは、葉月が病で露と消えたからだ。
「本当に、葉月……さん?」
「そうよ。信じられないかもしれないけれど。――でも、入学して一年経つのに、この姿に気づかないなんて、ちょっとショックかも」
少女はいたずらっぽい笑みを浮かべ、指を自分の鼻先に突きつけてみせる。
雅史の目には、たしかに「春日葉月」を若返らせた姿にしか見えなかった。
「いや、生徒の人数多いし、受け持っていないから気づきませんでした……」
「でも雅史君、新学期にはこの子の先生になるのよ」
葉月さんが、僕の生徒だって? 雅史はその事実に愕然とした。
「でも、葉月さん、どうして……」
どうして再会できたのか。どうして女子高生の姿なのか。けれど、思考が空回りをして言葉にならない。
「さあ、どうしてなんだろうね。でもきっと未練があったんだよ。だから――」
そして、くすりと照れたように口元をしならせてから続ける。
「――濃密な男女の関係を経験できたら、成仏できるんじゃないかな」
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