新たな出会い

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新たな出会い

とりあえず学校は今日から休学する事になった。 学校にはもう居場所なんてなく、居た堪れない。 しかも家に居ても何もできる事が無い。 母が育児放棄をして食事を用意していない訳ではなく、ただ息をするだけで苦痛を感じてしまうくらい追いつめられてしまっていた。 当然食べ物が喉を通らないので、折角用意された食事も食べられない生活がずっと続く。 (ごめんなさいお母さん、今日も食べられなかった…) 勿論自宅の冷蔵庫の中には毎食分の食事は用意されてはいるが食べる気にはならなかった。 あの日、母から詰られた時から何故か味が全くしないのだ。 ただ眠るだけの為に家に帰る、そんな生活を繰り返しながら、恵理は死亡予報士と名乗った男について考える様になっていった。 名前や年齢は教えてくれない。 だが、寄り添い一緒にご飯を食べる事は欠かさずしてくれていた。 なので恵理は寂しいとは全く思わなかった。 「またオムライス?よっぽどすきなのね。」 「好きなんだよ、コレが。」 恵理が知るだけでほぼ毎回オムライスばかりを食べているくらいのオムライス通かもしれない。 しかも秒で食べ終わるという強者っぷりだ。 「それこそ今日は甘いものでも食べましょうよ。この店のモンブラン絶品なんですよ!」 彼の名は河邑泰雅(かわむらたいが)、近隣交番に勤務する警察官だ。 二十代後半の彼はその明るく真っ直ぐな性格が認められて最初は後継者にと死亡予報士は考えていたが、愚直な迄に真っ当すぎた為に候補から外れ、こうして偶に食事を共にする中になって行った。 そして大の甘党で、死亡予報士にことある事に甘いものを勧める男である。 そして今回は予報士が非番だった彼をこの喫茶店に呼び出した。 「君に会わせたい子がいる。確か管轄だったろう?」 「待ってください、女子高生じゃないっスか!」 着いた早々彼は恵理を見るなり、店中に轟く様な声でそう言い放った。 「まさか非番の日に仕事の話とか思わないじゃないですか!」 「何考えとるんだ、君。何時もその馬鹿デカイ声で『市民を守るのが俺の使命』って言ってただろう?それとも建前だったのかい。」 「そ、そんな訳ないじゃないですか!本心ッスよ。この涼邑泰雅に二言は無いッス!」 「な?世の中にはこんな暑苦しい男も居るんだよ。」 「それはそれで酷い!俺に対して予報士さんめちゃくちゃ辛辣じゃないッスか。」 (この人達なら信じても大丈夫かなぁ……) 少しだけ頬が緩んだ恵理の表情を見て、死亡予報士は今まで彼女に起こった出来事を掻い摘んで凉邑に説明し始めた。 もしかしたら此処でも自分の話しを信じて貰えないかもしれない。それでも自分はやってない事を誰かに理解して欲しかったのだ。 「君は悪くない!早まらなくて本当に良かった!!」 話し終わった後そう凉邑は半泣きになりながら絵里の言葉を信じてくれた。 「うるさいよ涼邑くん」 「す、すみませんっした!だってこの子、どこも悪くないじゃないっスか……。」 「だから君を呼んだんだ。実はコイツこう見えて警察の人間なんだよ。しかし君静かにしたまえ」 「……本当に性格悪いッスね……。」 「何か言ったか?」 「いえ、何も。」 「スマホって今持ってる?見せてくれるかな?」 スっと何の疑問も持たずに凉邑にスマホを渡す絵里。 ロックすらかかってはいない画面に凉邑は面食らう。 初めて会ったばかりの大人に警戒心すらない恵理がとても危うく感じた。 一応は確認したが、不振な点は何処にもなかった。 「君、学校とかでこの団体?の名前に聞き覚えある?」 「……いえ、ないですね。」 いくら考えて思い返してみても、誰からも聞いた事も見た事もなかった。 はぁとため息をつきながら泰雅は話を続ける。 「最近ネットで”#メシア”ってタグが若い子を中心に流行っているのを知ってますか?」 「メシア?」 「あまり知られてないみたいなんスけど、このところそのタグを使った子供の行方不明者の捜索願が後を絶たないんスよ」 「ほら、俺ここら管轄の交番勤務でしょ?数週間でもう3件以上相談が来てて、失踪した子供達のスマホに…」 そのページには#メシアSOSの文字が埋め尽くされていた。 「メシアは”救世主”そういう意味がある。きっと主軸になっている者がいる筈だ」 こくりと頷く凉邑は至ったまじめな面持ちで話を続けていく。 「それが、足取りを追おうにも裏でメッセージを送りあっているのかアカウントもIPも誰一人一致しないんです。まるで透明人間相手にしてるみたいで…」 頭をガシガシと掻きながら凉邑は言葉を続ける。 「俺って唯の交番のおまわりさんじゃないですか?出来る事には限りが有るんっスよ。参ったなぁ」 「全く君ってヤツは役に立たない犬だな!」 「犬って言わないでくれませんかね。俺だって見つけてやりたいんスよ。子供が居なくなって心を痛めた親御さんを見てたら泣きそうになるんスよ!絶対に見つけて相談しに来た家族皆が幸せになって貰いたいんス。なんで仕事中もずっと考えているんスけどねぇ…」 この言葉に考え込む予報士。 「遺体は見つかっているのか?」 「いいえ、全く」 「そうか…。」 (誰かが意図的に集団を動かし、何かを目論んでいるのは確かだな…) 「そこで予報士さんに協力を頼みたいんスよ!その眼でどうにかなりませんかね?!」 「私の目は万能ではないよ、見える寿命や死因もタイムリミットを消し去るような第三者が現れれば意味はなくなる。しかし見捨てる訳にはいかんな―――――協力しよう」 ぱあっと顔が明るくなる凉邑、それをやれやれといった顔で見つめる予報士を尻目に恵理はずっと考えていた。 「メシア?何だろ、ご飯屋さん?」 此処で二人はほっこりと笑みを漏らし、予報士は肩をすくめる。 ――――善良ないい子だ。 それ故に辛い目に遭ったというのに…この子の力になってやりたいとすら思ってしまう。 こんな子だから死亡予報士が一緒に居るのかもしれないなと凉邑は安心しホッとしていた。 「そっかあ、あ、すみません、イチゴパフェ二つ下さーい!」 「え、まだ食べるんですか?」 「この店のモンブランだけじゃなくてパフェも絶品なんだよ。恵理ちゃんもお兄さんと一緒に甘いもの食べない?甘いもの食べると幸せな気分になれるんだよ。」 「いや、でも私今何食べても味がしなくて……。」 「じゃぁ、あーん。」 大河が食べかけのモンブランを一掬い恵理の顔の前に持って来る。 おずおずと口を開けて頬張ってみると、不思議としないはずの味覚が蘇ってきた。 「……美味しい……。」 ポソリと呟く恵理を見て大人二人は静かに微笑み合う。 味がする、たったそれだけの事がこんなにも嬉しい事だという事に驚きを隠せなかった。 「お待たせしました、ストロベリーパフェでございます」 「よし!食べよう!」 「煩いよ、やっぱり」 (誰かと一緒に食べるご飯ってこんなに美味しかったんだ) ワイワイと和やかな時間が流れ、会計は凉邑がして去っていった。 それ以降恵理が食事を取る度に味を感じないという事は無く、死亡予報士との時間は勿論、凉邑も交えつつ食事が楽しい時間になっていった。 だが相変わらず冷蔵庫に入れてある家のご飯を食べる事が出来ず、申し訳なく思う恵理だった。
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