死亡予報士の夜

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死亡予報士の夜

 ビルの上には一人の少女が1人、虚ろな目をして立って居た。 何に絶望したのだろう?只々本当に真っ暗な闇を背負いながら暗く底なし沼の様な地面をただ見つめていた。 今の少女にとって死とは救済である。あの時既にこうなる運命だったのかもしれない。 「生きるのに疲れちゃった…。」 ドンと急に背中を押され、少女こと棚橋恵理(たなはしえり)は前のめりに派手に転んだ。 何事かと思った彼女が振り返ると、そこには鬼の様な形相をした幼なじみが仁王立ちをして見下ろしていた。 「ちょっと酷いじゃない!痛かったんだけど」 「痛いのは私の心の方だ!この魔女っ!」 一体何の話か分からない恵理は頭にクエスチョンマークを浮かべるだけだったが、ふと後ろを見るとニヤニヤと嫌な顔付きで物知り顔した友人(だった筈)がくすくすと嫌な笑いを浮かべていた。 (コイツもしかして?) 幼馴染がいじめにあって居る事は知っていたが、もしかしたら犯人はこいつかもしれない。 スッと頭が冷え冷静になってみると、やけに条件が整っている人間が恵理しかいない事に目の前が真っ暗になってゆく。 「わ、私何かした?」 「謝ってくれたら許したのに!酷い!」 泣きながら私の友人だった彼女、仲川美菜の胸元に縋り付き、美菜は真緒の頭を撫でながら此方を挑発した顔を浮かべていた。 (まさか私にしかこの顔見えてない?) 今更気がついても仕方ないのかもしれないが、明らかに自分が友人だと信じていた人から裏切られ、冤罪まで被らされた事だけは気が付けた。 しかも地獄はこれだけでは終わらなかった。 何故か一瞬にして恵理が幼馴染の真緒を苛めていた・嫌がらせをしていたと言う事実無根の話がクラス中は勿論学校中に知れ渡り、嘘の証拠もでっち上げられていたのだ。 稀代の悪女として逆に恵理が虐めや嫌がらせを受ける側になってしまい、もう何がなんだか訳が判らなかった。 友人だと思っていた人は周りから忽然と姿を消し、噂が噂を呼び気がつけば教師からも白い目で見られ、反省を促され罵られるようになってしまう事態に陥った。 (私が何をしたの?) 仲間も友人も誰も信じてくれず、果ては我が両親にまで噂を知られてしまい、完全に居場所も何もかもがたった一週間の内に全て泡と消え失せた。 家族などは恵理の言い分を聞こうともせずに決めつけ「我が子である事が恥ずかしい」とさえ罵倒しながら嘆き悲しみながらここ数日間無視され続けた。 夢も希望も何もかも消え失せ、恵理は段々と生きる気力を失って行き、フラフラと外に出て気がついたらこの場所に立っていたのだった。 此処から飛び降りてしまえば楽になれるんじゃないだろうか? 痛みを感じればこの悪夢から抜け出せるようで、ふわりと風に誘われて一歩また一歩と何もない場所に身体が吸い込まれていく。 「君まだ死ぬには早いよ。」 「あ……な……たは……?」 振り向いたら見知らぬおじさんが居て、小首を傾げる事しかできない。 「私は死亡予報士というものだ、暫くでいいからこのまま世を儚んでしまうのは我慢するんだ。大丈夫、因果は廻る。君に見える本来の死期はあと五十年以上先だからそう悲観する事は無い。」 「死亡…予報……?」 「そう、人の死を予報する事のできる能力を持った…死神みたいなものかな?寿命が見えるんだよ、数字で。」 死神と自分の事を言う彼の表情からは自傷めいた感情が鑑みえた。 この人も今まで傷ついて来たのだろう。その背中は何処か哀愁を醸し出している。 「……辛くないの?」 「辛いさ、だが仕方ない。契約だからね」 この人も状況は違えど恵理と同じく『世界』から弾き出された孤独な人なのかもしれない。 契約とは言ったが、どんな契約を結んだらそんな悲しい能力を使う事が出来るのであろうか? 「この能力は悲しいだけじゃないんだ。それを確かめる為にも…君も一緒に来るかい?」 そっと伸ばされた手を恵理は迷わず手に取る。 こくりと頷き、屋上の上から遠ざかる恵理と死亡予報士と名乗った男との物語は此処から始まる。 「見ーつけた!」 反対側のビルから不審な男が双眼鏡から二人のやり取りをずっと覗いている。 ニヤリとイヤな微笑みを浮かべ、二人の様子を眺めながら男はそう呟いた。
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