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どこからか子供が、かごめかごめを歌う声が聞こえてきた。どこの見世の禿だろうか。可愛らしい初心な声に、自らのその歳の頃を思い出す。
私はこのお江戸吉原で生まれた。母は私を産み梅毒にかかり、鞍替えをして、今では小見世のどこかにいる。自らの子が大見世のお職として立っている姿を見たことはあるだろうか。吉原細見の番付、大関を飾る私を母は知っているだろうか。私は恐ろしくて母を見に行ったことはない。
「花魁、清です。入ってよろしいですか?」
「あいよ。どんぞ、お入り」
今日は月に一度の髪が洗える日だ。
幼い頃怪我をしたらしい左目に切り傷を持つ、すらりと背の高い男性が風呂敷を担いで、私の座敷に入ってきた。髪結だ。男の名を清という。怪我をした左目は見えないらしく、閉じられている。この苦界で片方しか物が見えないとは良いことだ、と羨ましくなったことがある。それを伝えれば、こやつは右目を一身に見開いて言った。──あなたのたおやかな姿を片目でしか見られないことを悔いたばかりです。
私の座敷に膝をつき、首を垂れた清。髪が美しく結い上げられ、頸が着物の襟ぐりから覗いていた。私はそれに引き寄せられるように朱塗りの格子窓から離れ、そっとその頸に唇を押し付ける。
「おもてをあげなんし」
「へぇ」
顔をあげた清。そこにはこの世の物とは思えぬ、美しく憂を秘めた男衆がおった。煙管を咥えながら、清と視線をまぐわせる。どれくらいの時、視線が絡み合っただろうか。端正な顔立ちの清は私の髪に手を伸ばす。
「触ってもよろしいですか?」
「……髪結が変なことをおっせぇすのだな。どんぞ」
「あなた様のお髪は美しいのです」
「ほぉ。そやつは悲しい。美しいのは髪だけか?」
手練手管はこういう瞬間でも容赦はしない。いまだ三つ指ついたままの清はふ、っと小さく笑い首を横に振る。
「失礼致しました。菊川花魁はすべてが美しゅうあります」
「……清」
私は清の顎を持ち上げる。その瞬間に主従関係は逆転するのさ。にやり、清は口の端を歪め、愉しそうに微笑んだ。
「私に会いとぉありましたか?」
「無粋なことをおっせぇす口だな」
清に口吸いをされ、意識が微睡んだ。
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