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私は朱塗りの格子窓の近くにある鏡の前に座る。丸い鏡に私の姿が映り、後ろに清が立つ姿が見えた。清はそっと私の頭のてっぺんに自身の唇を一度押し付けた。くすぐったく、また愛おしい気持ちが積もり、私はふ、っと小さく微笑む。そして鬢付け油をそのしなやかな指先に取り、私の髪の毛に馴染ませてゆく。
「……おまえさんは他の女郎にもそのようなことをしておるのか?」
「野暮なことを言うな、花魁よ。菊川だけにしかやんねぇよ、こんなこと。悋気かい?」
喉奥でくすり、笑う清は私を鏡越しに見つめる。いつだっておまえさんが他の女郎の髪を結う姿を考えては苦しくなる。清だって私が客に抱かれているのを想像しては嫌な気分になるのだろう。清の言う通り野暮なことを言った。
私の悋気を笑う清は、私の頸に再度唇を押し当てた。がぶり、と軽く噛まれる。悪戯に戯れる清に私はほおを緩ませた。
私は顔に白粉を塗ってゆく。清は私の髪の毛を部分的に纏め始める。分けた髪の毛を和紙で結び、髷の形を作ってゆく。
「紅葉狩りのおかげでなぁ、遊びを心得無い旦那が増えたんじゃよ。素見の客の方がまだマシだと思うような客が増えた」
「そんな客は座敷から蹴飛ばしてやりぁいい。おまえさんは、番付の大関を飾る花魁だ」
「あぁ、そんな客は鉄砲女郎がお似合いじゃな」
鏡を覗きながら互いに目を合わせ、たわいもない会話をする。私たちの唯一の戯れ。襟足の髪を櫛で梳く清は、時たま指先で頸に触れる。耳の上に作られる髷を結う時も、耳朶を軽く摘む。その度に身体が熱を持つ。清は私が高揚することを知って楽しんでいるようだった。これが私たちの交わりだった。
「身揚がり……してぇな。おまえさんと繊月を見てぇ」
「なにを莫迦なことを。おれぇがおまえさんを美しくしてんのに座敷に上がらねぇ気かい? 俺の仕事を無駄にすんな」
髪を纏める白いこゆりを力一杯締め上げ、口で切る清。髪結は歯が強くないと出来ない仕事だと清は言っていた。戯れをしながらも真剣なその顔つきにまた野暮なことを言ったと身を引き締める。
「はいよ、わっちの大事な髪結よ」
私は最後に唇に紅をさす。もう清と口吸いは出来ない。清も仕上げにべっ甲の簪を挿し、ほかに笄などを髪に挿していく。
「ほらよ。伊達兵庫の完成だ」
にしし、っと得意げに笑う清。あぁ、もうこの瞬間が終わってしまうのか。寂しいな。そう思いながら鏡に映る清の繊細で美しい仕事に惚れ惚れする。鏡で確認し、私はふわり、笑みを携えた。
「ありがとな、清」
「たりめぇよ。おまえさんはこの世で一番美しい」
想い人が結った伊達兵庫の頭をちょいと引いて頭を下げる。ふわりとどこからか清の香りがした。
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