一章

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4 「それで、君名前は?」 私はテンに名前を聞かれてどう答えるべきか迷ったが、正直に言う以外に選択肢は無いだろう。 私を助けてくれたイレヴンの仲間なら信じるべきだし、私は今までの会話から彼が悪い人ではないとそう判断したのだ。 「それが……覚えてないんです」 「ふうん、それならゼロでいいんじゃんない?」 テンは特段驚く様子はなく、私が返答に逡巡したことも気にかけていないらしかった。しかしテンの提案した名前はすぐにイレヴンに却下されてしまった。 「特例だ。区別できるものにしないとだろ」 「うーんそうか。ゼロは他にも沢山居るもんね。命名なんてしたことないからわからないなあ」 ゼロが何を指すのかは私には分からないが、獄卒は番号が与えられているのだろう。それなら私もそれに倣って番号にするべきか、それともどの番号が使われてるか分からないから全く異なる名前にするか。 私とテンが考え込む中、イレヴンが口を開いた。 「……ハク」 私とテンは互いに視線を交わらせ、イレヴンに向き直る。 「……まさか服が白いからとか言わないよね?」 テンの言うように、私もそのまさかではないかと思った。 「……まあそんなとこだ」 イレヴンの返答を聞いて、そのいい加減さに私とテンは肩を落とした。 そんな私たちを見てイレヴンは咳払いをひとつして話題を変えた。 「まあとにかく。これからについてだが、お前は俺の後輩として仕事に同伴してもらう」 獄卒の仕事に同伴というと、やはり亡者の確保や成仏だろうか。でも獄卒である彼らは単に拷問するだけだとも言っていた。私も拷問をしなければならないのか。 今の私には何もわからない。 「その、私の扱いはどうなるの……?」 イレヴンに視線を送るが、答えたのはテンだった。 「そうだった。先に君に報告しておかなきゃいけないことが山ほどあるんだよ」 そう言って羽織の中にしまっていた書類を私に差し出した。 どういう原理か書類は全く折り目なく整っていた。そんな私の疑問を察知したのか、テンは嬉しそうな声で自慢する。 「えへへ。このマントはね、わざわざお願いして技術者に作って貰ったんだよ。現世にはポケットを異次元に繋げて物を取り出せる装置があるんでしょ?便利だよね」 一周回って翻る羽織りに私は視線が釘付けになる。 「何を言ってるんですか……?」 私がつい険しい表情で返答すれば、その反応を間違って受け取ったらしくしおらしくなる。 「あ、ごめん。記憶が無いんだっけ?」 「いえ、自身に関する記憶が無いというだけです。ですから一般的な事柄は覚えています。そういうことではなく、現世にそんな物は存在しませんよ」 そう、はあくまで現世でも二次元の中のこととして実用化はされていなかった。どこからそんな情報を仕入れたのだろう。微妙に、でも明らかに誤情報だ。 「え……」 やはり現世のことをはっきりとわかっているわけでは無いようで、テンは驚きの声をあげた。 「現世でそれはまだ空想の産物です。まさかこの世界がそこまで無秩序だなんて思いませんでした」 「そ、そうなんだ……。でも、この世界は良いところだよ!なんでも自由にできるからね」 私は純粋な感想を述べただけのつもりだったのだが、テンの言い方に僅かな焦りを感じたのは気のせいだろうか。でも何に対してか分からないのでは、おそらく気のせいだろう。 「自由って、例えばテンさんは何をしているんですか?」 「テンでいいよ。いつもしてること……拷問くらいしか思い浮かばないや」 「それって仕事ですよね……?休みの時は何をしているんですか?」 私の質問に答えたのは今まで沈黙していたイレヴンだった。 「亡者はひっきりなしに来るから俺たちに休みはない」 「そんな……」 それなら彼らは年中無休で働いているということになる。もしかしたらイレヴンがあの路地裏で寝ていたのはあまりにも多忙な仕事に疲れていたからなのかもしれないと思うと、妙に納得してしまったが本来なら亡者は成仏してしまうのだ。こんな私なんかが獄卒としてやっていけるのだろうか。 「そうでなきゃ、亡者を獄卒にしたりはしないだろ」 「確かに……」 少しだけ申し訳ない気持ちになる。自分のためにこれだけ時間を割いてくれた皆が、その間、皆の仕事を引き受けてくれている別の誰かが、私のせいで大変な思いをしてるかもしれないと気づいてしまったから。 考え込んでいると、私の気持ちを察したのかイレヴンは話を続ける。 「だからお前が気に病むことはない。誰しも死んだら地獄か天国に行くんだ。そしてどちらにしろ生まれ変わるはずなのに、俺たちはお前を……その輪廻の輪から外そうとしてるんだぞ」 その言葉は私を一人の人間として尊重してくれる言葉であると同時に、確実にイレヴンと私の間に一線を引く言葉でもあった。 輪廻の輪から外れるということが一体どれほどのことだと言うのだろうか。現世の記憶や未練があって、転生したいと願うのが本来の在り様なのだろうか。もちろん今の私は自分に関する記憶もなければ、この世界のこともほとんど知らない。知らないのに現世の方がいいだなんて決められない。 私を導いてくれたイレヴンを忘れてになんて行けるはずがない。 「違う。私は自分の意志で、たとえ記憶が戻ったとしても、ここにいるって決めたの。だから、イレヴンが負い目を感じる必要はないんだよ?」 イレヴンの瞳をじっと見つめながらゆっくりとした口調で、それでいて有無を言わせない強い意志が伝わるように言った。 イレヴンはそれでも目を逸らして俯きがちになってしまう。 「そうだね。お互い様って思った方がお互いに気が楽だと思うよ」 テンが助け舟を出してくれる。私はテンの言葉にのってイレヴンの手を優しく握る。 「そうそう。だからちゃんとお仕事の面倒みてね、先輩?」 そういうとイレヴンは手を繋いだまま、照れ臭そうに顔を逸らした。 「先輩はやめろ。イレヴンで良いって言ったろ」 「はいはい」 私も笑いながら返事をした。 「そろそろ俺たちも仕事に戻ろう。お前はその資料を読んで仕事の内容を少しでも頭に入れておけ」 俺はそれでも渋るテンの背中を押しながら廊下に出る。 「それじゃあな。……彼女診てくれて助かった」 テンに背を向けたまま別れを告げ、セブンティーンのところへと向かおうとしたがテンに呼び止められる。正直言って少し気恥ずかしい気がしている。この世界に来て一度も礼など言ったことがなかったから。だから早くこの場から去りたかったのだが、振り返ればテンは真剣な雰囲気で俯いていた。 「ねえ、まさかだけどさ。……彼女にとかとかある訳じゃないよね?」 言われて俺はテンが言わんとしていることを理解する。 言われて初めて気づいた。ハクに対して同情も愛情もないが、は感じていた。 俺は知らず知らずのうちにテンから顔を逸らした。 これ以上、テンと話すのは危険だ。 絶対にこのは誰にもバレてはいけない。 「そんなわけないだろ。馬鹿なこと言ってる暇はない。俺は仕事に戻るぞ」 俺はテンに背を向けセブンティーンのいる執務室へ向かって歩いた。 「俺は心配だよ。だって俺は、イレヴンのこと何も知らない。イレヴンのこと守れるような力も無いんだ!だから気をつけてよ……」 俺は背を向けてもなお懇願するようなテンの言葉を無視した。 「消されて、ほしくない——」
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