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「今日から仕事だ」
見舞いに訪れてくれたイレヴンが私にそう告げたのは私が仮眠室暮らしになってから三日後のことだ。
ひっきりなしに現世の死人がこの世界に渡ってくるなら本当に人手不足だろうと思っていたので、想像していたより少し遅めの初仕事だった。
それにたとえ獄卒よりも先に亡者の数を減らす過程が存在したとしても、資料には一般的な獄卒の知識と仕事内容、権限の執行範囲程度しか書かれていなかったのでそれ以外にこの世界のことはわかりようがなかった。
「わかった。資料は一応全部目を通したから、支障はないと思う」
「それならこの制服に着替えてくれ」
渡された制服はイレヴンが着ているものとは幾分違った造りになっていて、おそらく女性用なのだろう。洗練されたデザインとたったの三日で私の元に来たことを考えれば、他にも女性の獄卒がいるのかもしれない。居るならばいつか話してみたいなんてことを考えた。
「ありがとう」
そう言うとイレヴンはしっかりとカーテンを閉め、外側で待っててくれる。デリカシーがあるとわかってなんだか不思議な感覚だった。
(もう死んでいるけど、こういうところは現世と変わらないのね)
ネーミングはお世辞にも上手いとは言えなかったけれど、それでもハクという名前自体は存外気に入っている。だからきっとイレヴンとは気が合うだろう。
着替えながら唯一不思議に思ったのは、服が全く緩くもキツくもないことだった。疑問に思ってイレヴンに聞けば大きさは自在で着た人間に合ったサイズになるのだとか。
(やっぱりここは地獄なのね……)
「何か聞きたいことはあるか?」
やはり言うべきかと思い、仕事をする上での最大の難関を今になってやっと告げることになる。
「その、とても言いにくいんだけど。私は過激なことや怖いことは実は苦手なの……」
おそるおそるイレヴンの顔色を窺えば、イレヴンは眉一つ動かさず答えた。
「予想の範囲内で安心した。それならいくらでも慣れる」
この言い方では確実にその過程は存在し、慣れなければ仕事はできなさそうだ。どこが安心できるのかなんて言い返す余地もない。
「う、うん」
とにかく成仏させられないように嫌なことでも仕事は全うしなければ。
そんな世知辛いところは本当に現世のようだ。
「今日の任務は住宅フィールドだ」
住宅フィールド。つまり住宅が立ち並んでいる地域。この世界にはさまざまな要素を持つフィールドが生成され、それぞれ関連のある亡者がくる。私が倒れていた工場フィールドもその一つだ。この地獄という世界は無限とも言える広さを持っている。だからだろう。亡者一人に対して一つの世界が構築されるのだ。この仕組みは組織の末端である獄卒には分かるはずもなかった。
そういえば、私があのフィールドから出られたのは何故だろう。それに主人を失ったあの空間は一体どうなったんだろうか。
そんな考えが頭をよぎったが、セブンティーンの指令で現実に引き戻される。
「対象は15275349」
これは魂の番号だ。死んだ生き物は全て固有の魂を持っている。そしてその魂を分類するため番号が付けられているのだ。
ちなみに仕事の割振り方は、その亡者の精神状態による。火急性を要する亡者が優先的に成仏、もしくは捕獲される。
「今回の対象は20代女性、黒い長髪、体の左半分は火傷の痕あり。状態はあまり良くない。レベル6だ」
このレベルは亡者の精神状態を表す。レベルの段階は0〜10まである。最大は10だが、未だ10段階の亡者が確認されたことはないらしい。
「了解しました。任務は捕獲ですか、強制成仏ですか」
(……っ!?)
任務とは全く関係のないところで私の疑問は爆発した。
あまりにも先日と差がありすぎて驚きでついイレヴンの方を見てしまう。しかしイレヴンはそんな私の反応に見向きもせず、セブンティーンの返答を待っている。
仕事とプライベートは分けるタイプなのだろうか。それにしてもなんの抵抗もなく上司に敬語を使う姿はあまりにも異様で言葉が出なかった。
(てっきりいつでも上司に楯突いているのかと思ってた……)
上司のセブンティーンも私の反応には触れずに続けた。そのため私も二人の態度を一旦隅におき、セブンティーンの話しに再度集中する。
「強制成仏だ。ただし今回は住宅フィールドのため周辺地域への被害を鑑み、可能な限り下界での処理が望ましい」
「了解しました」
イレヴンが敬礼したため、私も慌ててそれに倣う。
諸連絡を終えたセブンティーンは私へ視線を向け微笑んだ。
「ハクという名前を貰ったんだってね」
「はいっ」
私は以前話した時とは全く違う緊張感を持ちながら答える。
「それじゃあハク、質問はないかな?」
わざわざ新人に疑問点がないか聞くこの上司は本当にデキる人だと直感する。
「は、はい!ありませんっ」
「これからはイレヴンの後輩で僕の部下だから改めてよろしくね」
部下の信頼を得られる上司というのはこのような人のことを言うのだろう。私とイレヴンの上司がセブンティーンで良かったとしみじみ思った。
「こちらこそよろしくお願いします!」
緊張しながらも上司からの初任務を無事に受理し、私たちは執務室を後にする。
「イレヴン」
「なんだ」
先に歩き始めるイレヴンを追うように声をかければ、イレヴンはきちんと止まって振り返ってくれる。
「イレヴンは案外面倒見が良いのね。それに真面目だわ。見直した」
「見直したとは上から目線だな」
そんな風に笑いながら並んで歩くと、イレヴンは歩幅を合わせてくれる。
(イレヴンはこんなに身長も高くてスラッとしてる。死後の世界だというのに私の唯一の望みは叶えてもらえなかったのね……)
そんなことを思いながら、イレヴンの言葉に弁解する。
「ごめんなさい。そうね、正直に言ったら出会ったときは怖かったし、成仏させるための遣いだって言われたからもっと残虐非道で容赦のない性格だと思ってたの。だからごめんなさい」
私は正直に言うと、イレヴンもさも当然だと言う態度で返す。
「謝る必要はない。それは全て事実だ。俺はお前にも別に優しくないし、真面目でもないぞ」
彼はこう言っているが絶対にそんなことはない。彼の上司や後輩の反応を見れば彼がこの世界でどんなふうに過ごしていたのか垣間見ることができた。
きっと以前は彼の言う通りだったのだろうが、少なくとも今は絶対に違う。それが私に会ったことで変わったのならどんなに嬉しいだろう。
「真面目よ。信頼関係が築かれていても、上司と仕事の会話中は敬語を使ってたでしょう?私はそのことにとても驚いたの」
私は本音を話しながら、イレヴンの表情をこっそり盗み見た。
イレヴンは私を見ることはしなかったが、眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
「……?なぜだ、なぜそれが真面目に繋がる?当たり前のことじゃないのか?さすがに仕事中まであんな風に接したりはできないだろ」
驚いたことに関しては特にお咎めはないらしい。その代わりイレヴンは自身が真面目だと言われる理由が本気でわからないと言う。
「当たり前じゃないわ。そう思えることがまず凄いのよ。そして当たり前だと思うことを実行出来るのはもっと凄いことだわ」
イレヴンは私の言葉を聞いても理解出来ないといった様子だった。それでも私はあまり悲しくなりすぎることはなかった。
「今はわからなくてもきっといつかわかるわ」
彼は私に出会って変わってくれたから。
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