一章

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6 私達がセブンティーンの執務室を後にしてからまず私達は自身の武器を選びに武器庫へ向かった。 武器庫には短剣、長剣、大剣、槍、弓矢などの一般的な武器に加え、鞭や鎖、ハンマー、毒などが置いてあった。それぞれの種数はざっと見ただけでも視界に収まらない程だ。 ただし捕獲用と強制成仏用でニ区画に別れており、イレヴンは初めて会った時と同じハンマーを、私は初心者向けのものを選んだつもりだったのだが、実はかなりの重さがある武器だったらしい。 私が武器を持った瞬間の、イレヴンの言葉にならない絶望極まる表情はとても見ものだった。 フィールドに出れば、日が照る住宅街が見渡す限り拡がっていた。 「そういえば初期位置は現場でどう探し出すの?」 「俺は一度聞いたことや見たことはほぼ確実に忘れない。俺の頭の中にはこの世界の全地図が入ってる。初期位置は正確な座標さえ言われればわかる」 なんというか、これは地獄だからというレベルでは解決できない気がするチートだ。 獄卒は皆こうなのだろうか。それなら私はきっと永遠に昇進できないなと思った。 「それって私一人じゃ仕事しに行けないんじゃ……」 「当然だ。お前はあくまで転生……いや、消滅を保留された仮の獄卒に過ぎないからな」 言われてみれば確かにそうだ。あまりにも対応が優遇されていて忘れがちになっているが、本来なら私と彼らは相反する存在だったはずだ。でもどうしても私は彼らを信じずにはいられなかった。 「他の獄卒もそんなことができるの?」 「……いや、あいつらは初期位置は感覚的にわかるのさ。獄卒の基礎能力とも言える」 あいつらという言葉は、"俺は含まれない"と言っているようなものだろう。 なぜ彼はこんな言い方をするのだろうか。 なぜ、彼は他の獄卒のように感情表現が豊かではないのだろうか。 「どうしてイレヴンとほかの獄卒は違うの?」 「……俺のこれはだから」 「対価……?」 イレヴンがここまで自分の話をするのは珍しい。ここまでくればどういう意味か聞けるかと思ったが、イレヴンはあからさまに話題を逸らしてしまう。 「……もうそろそろ着くぞ。仕事に集中したらどうだ?」 きっと今はこれ以上聞かないでほしいという彼の懇願だろう。 私は今回はここまでだと、潮時だと思い手を引く。 「……ごめん」 それでもやはり気持ちが落ち込んだのが表に出てしまったようで,イレヴンはそんな私の頭に手を添えて付け加えた。 「いつか教える日が来るかもな。だからそんな顔するな」 とても申し訳ない気持ちになる。だってイレヴンは悪くない。イレヴンは土足で踏み込もうとした私に警告をしただけ。私が距離を測り損ねただけなのに。 優しく接してくれるイレヴンも一線を引いたイレヴンもどちらも私に対する態度が違うだけの同じ人。だから尚更わからなくなる。 心を許してくれたのかと勘違いしてしまうから。 「良いの、落ち込んでなんかない」 だからどうしても嘘をついてしまったんだ。 顔を見れず俯くがその時ちょうど対象を視認する。 「対象を発見。……ハク、今はとにかく仕事に集中しろ」 「わかった」 頷きながら事前の打ち合わせ内容を思い返す。 「この仕事は強制成仏だが、下界での処理が望ましいとされる、住宅フィールドだ。では下界とは何か」 「悪霊化や凶暴化した亡者が堕ちる拷問施設のこと,だよね?」 「そうだ。レベル6なら下界の階層は恐らく上から3番目といったところか」 下界は上から下へと行くにつれ、レベルの高い亡者が堕とされる。階層はレベルに加え、その人間が現世で犯した罪の重さによっても決まる。ちなみに上階の方が罪が軽いのは、位置関係的に上であればあるほど天国に近いからだそうだ。 下界の階層は全部で五階。それぞれに地獄の番人である獄卒が割り振られている。それぞれ上から四人ずつ、イレヴンはちょうど3階の番人だと言う。 「ちょうど俺の階だな」 「階層によって何が違うの?」 このことに関しては資料にも載っていなかった。おそらく私の管轄外であるから載せる必要がなかったのだろう。もしかしたら階層にすら私は入れないのかもしれない。 「拷問の種類の違いだな。俺の持ち場は身体的苦痛と死の痛みを繰り返し経験するものだ。他にも精神的苦痛と組み合わされた階層もあればもっと軽い階層も存在する」 繰り返し経験するというのは、やはり地獄ならではという感覚がする。死の経験を繰り返すのはどれほどの苦痛か。想像しかけたが首を振ってそれらを払拭する。 あるかもわからない死後を妄想するのとは違い、現実味を帯びた地獄の世界(ここ)で死を想像するのはもはや耐えられそうになかった。 「……私もその階層で仕事をするの?」 過激なことが苦手だと伝えた手前、配慮してくれるかもしれないと思ったがどうやら私の先ほどの勘は当たっていたようで、本来の私の仕事には含まれていないらしかった。 「入って仕事をすることは可能だ。ただし俺の同伴がある前提だが」 「それじゃあ簡単に入れちゃうじゃない」 私はとにかく行きたくないので仕事が回ってこないか、もしくは私に下界へ行く権利はないという確信が欲しかったがそうでもないらしい。 「俺がわざわざ面倒な手続きを踏んでまでお前を連れて行く理由があると思ってるのか?」 但し、イレヴンとの利害が一致したため一旦は安堵の息を漏らす。 しかし不思議なのは、先ほどからイレヴンの言い方は妙に刺々しい。わざと私が下界へ行きたがらないように仕向けているようにも感じる。 「私を連れて行きたくない理由があるの……?」 イレヴンは何も言わなかった。 おそらく図星なのだろう。イレヴンはどうして私を守ろうとするのか。彼は感情がない、ただ仕事を遂行するだけの獄卒と変わらないと思っていたのに。 案外、全て顔に出る獄卒達よりも胸の内には複雑な感情や思考を持っているのかもしれない。 そうでなければ他の獄卒に比べ、言動や表情に対する行動がチグハグすぎる。 何かワケがありそうなのは確かだけど—— ——イレヴンは一体何者なの?
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