一章

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7 イレヴンがハンマーを一振りする。爆風が巻き起こり、私は飛ばされないよう前屈みになって片腕で顔を覆った。もう一方の腕で剣を構え、前方を見据える。 「ギィャァァァアアアアアアーーッ!!!」 まるで人とは思えない叫び声がビリビリと鼓膜を刺激した。 彼女の体には肩から腰にかけて切られたように裂け目があり、そこから血が流れている。 「一旦捕獲するためにお前は建物を利用して気づかれないように裏に回れ」 イレヴンが素早く耳打ちする。私は頷きを返して隣にあった民家に入り、イレヴンが気を引いているうちに彼女の後ろにつく。私が突然の彼女の後ろに現れると彼女は驚いて私を振り返り、私目がけて猛スピードで腕を振り下ろした。 彼女の腕はすでに人の形を成していなかった。 異様に伸び、骨張っているにもかかわらず、鋼鉄のように硬く、私の持っていた剣では斬ることができなかった。そのため攻撃を避けるのが精一杯で、速度も速いために擦り傷が増えていく。 「おい!俺は味方が接近戦をしてると攻撃できない!!離れろ!」 「そうは言われても!」 苦し紛れに返すがそれが仇となり、剣は後方に飛ばされてしまった。そして私は押し倒されるように地面に倒れ、敵に覆い被さられる。彼女の両手を押さえながら必死に抜け出そうとするが力が強すぎる。先ほどイレヴンに傷をつけられた部分から流れる彼女の血が私の口の中に入ってきた。 「っ!?」 その瞬間、彼女の記憶が圧縮されたデータのように瞬時に映像となって流れ込んでくる。 すると突然頭が痛くなり、それはまるで脳が破裂するかのような激痛へと瞬時に変化していった。頭痛と共に吐き気を催し、よくわからない何かを吐き出した。そして体が痙攣し始め、彼女を押さえていた手の力も無くなってしまう。 朧げな視界の中、拘束力がなくなった彼女は両腕を上げ上半身を立てて私を攻撃する体制に入っていた。 (もうダメ。意識が——) そのまま気を失ってしまった。 夢を見ていた。 恐らくだけど、彼女が生きていたときの記憶。 でも全てではない。彼女が大切にしまっている記憶だけ。それだけで彼女がどんな人間でどう死に行き何が罪となり地獄に堕ちたか。 彼女は何を探し求めているのか。 この時私はやっと気づいた。 地獄といえども未練を断ち切れば獄卒の拷問は必要ない。 この世界では何でもありだけど、嘘だけはない。 『付き纏ってんな、このブス』 ——なんで、どうして?あなたが付き合おうって言ってくれたのに。 『きゃはは!かわいそー』 ——可哀想?あなたが私をこんなふうにしたのに? 『あなたはどうしてこんなこともできないの!?』 ——どうして私を責めるの?私が悪いワケじゃないのに。 『いつまでここにいんだよ?いい加減消えろ』 ——私なんかいてもいなくても変わらないくせに……。もう放っておいてほしいのに。 『お前なんか早く死ねばいいのに』 ——何であなたにそんなこと言われなきゃいけないの?私の方が辛くて死にたいって思ってるのに。 ——私が辛いのはあなたたちのせいなのに。 ——あなたたちがいなければこんなこと思わなくて済んだのに。 ——あんたらが死ねば良かったのに。 気付いたら目の前が血だらけだった。自分の手と見慣れた肉の塊を見て大きな後悔だけが残った。そんなつもりなかったのにって。 結局一番の悪人は私だった。 でも最後にただ一人だけ私の罪悪を軽くしてくれる存在があった。 『大丈夫。君は悪くない。君は自分を守るためにそれをしたんだ。僕が君を認めてあげるよ。だから僕の言う通りにするんだ』 ——あなたは……? 『それを知る必要はないよ。どうせ地獄では君は自我を失ってるはずだから。あはは』 ——分かりました。あなたの言う通りにすれば良いんですね? 『そう。彼らを殺した時のように——』 そう。私は彼女の言う通りに自首した。でもやっぱり彼女のように私のことを認めてくれる人はいるはずがなかった。それでも私は塀の中で満足な生活をしていた。彼女だけは私を認めてくれたという事実があったから。それだけで私は救われたような多幸感で溢れていた。 私の処刑の前日。彼女は私に会いに来てくれた。 『君のおかげだよ。また新しいデータが手に入ったんだ!そんな君に僕を手伝ってくれたお礼を渡そうと思ってここに来たんだ』 データとか私のおかげとか、相変わらず彼女の言ってることはわからなかったけれど、彼女は私に指輪を渡した。 『これは君が一番よく知ってるはずだよ。そして恐らく地獄で君を唯一救って導いてくれる物だ。明日の死に際にも肌身離さず持っているんだよ』 私は彼女の言う通りにしようと決めた。でもそれは今まで彼女に従ってきた理由とは違う。何か大事なものだった気がして、私が離したくないと思ったからだった。 処刑の日。私は後悔も死の恐怖も何もなく、静かに逝った。左手の薬指に一つ、銀色の指輪をしたまま。 『ねえ、***!君がイツまでモワra°<:$☆○=^÷€♪→』 ——あれ……? ***は私の名前——。 「……っ!」 勢いよく起き上がる。 恐らく眠っていたのは数秒だったが、既に亡者はイレヴンによって取り押さえられていた。 「何やってる。まさかお前今寝てたのか?」 私はすぐさま亡者を見る。 彼女は全身が赤黒くなっていて、かろうじて半身が火傷してるということはわかった。 そして何より彼女は左手の薬指だけが白かった。 「これからこいつを下界に連れていく。ハクもいつまでも腰抜かしてないで手伝え」 「あ、あの!ちょっと待って!」 「……なんだ」 私は歩き出すイレヴンの袖を掴む。 「彼女を連れていくのを待っててほしいの……」 「はあ?」 イレヴンは面倒臭そうにため息を吐いて私を見つめた。 「何するつもりだ」 「……彼女の心残りを知ってる」 またもやイレヴンは驚き呆れる。 「彼女に何を見せられたかは知らないが、相手の闇に呑まれて亡者を逃すような真似はできない。……寝てたんじゃなくて幻覚見せられてたのか」 「幻覚……あんなにリアルなのに?」 「リアル?……まあリアルではあるな。だけどどうせ自分の死に方を疑似体験させられるだけじゃねえか」 そのイレヴンの言葉に先程からの違和感の正体に気付かされる。 「え……?」 死に方の疑似体験なんてものではなかった。彼女の犯した罪から彼女のその罪の理由と彼女の行く末まで見たのだ。言うなれば、死の疑似体験ではなく、人生の疑似体験だった。 そんな私の疑問をよそにイレヴンは彼女に近づいていく。 彼女は私に襲いかかってきたとは打って変わって落ち着いている。心なしか視線は自身の左手を見ているように感じた。 「やっぱり待って!数分でいいわ!私が指輪を探してくる!」 「おいっ!」 後ろから呼び止める声が聞こえるが亡者を放置することはできないため、イレヴンが追いかけてくることはなかった。 目が覚めてわかったことが一つある。この住宅フィールドを見たことがある。さっき見た夢の中で。一番最後に指輪を渡された彼女が思い出しかけた、思い出したかった記憶——。 あの約束の場所は——。
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