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ぶつかる瞬間にちらっと見えたが、これは右側から現れた人影が口に咥えていたものだ。
細長い形のフランスパンを横向きに咥えて走っていたものだから、身体がぶつかるより先に俺の頬を張ったに違いない。
しかし俺には自分を襲った凶器よりも、なんで食パンじゃなくてフランスパン咥えてんだよという理不尽な怒りよりも気になることがあった。
自分の目に間違いがないか確かめるため、もう一度転がっているフランスパンの表面をしっかりと見る。
――『火気厳禁』
そんな四文字がフランスパンの表面全体に大きく書かれていた。……は?
「あー! 私の朝ごはん‼」
悲鳴に近い叫び声が耳をつんざく。
見慣れた制服を着た見慣れぬ女子生徒は倒れる俺には目もくれず、地面に転がるフランスパンを抱き寄せるように拾い上げた。
「ちょっと私のバタールに何してんのよ!」
「いやそっちがフランスパン横向きに咥えてんのが悪いだろ!」
「私がどんな風にバタール食べようが勝手じゃない!」
抱きかかえたフランスパンについている砂を手で払いながら、彼女は眉間に皺を寄せて俺を睨みつけてくる。なんだこいつ。
そう憤りながらも、俺の目はどうしても彼女の腕の中のフランスパンに目がいってしまう。バタール、と彼女は呼んでいた。フランスパンにも種類があるのかもしれない。とにかく俺の目はそのバタールに吸い寄せられる。
そこにはやっぱり『火気厳禁』と書かれていた。
ちがう、あれは焼かれているのか。どうやらバタールの表面に焼き跡をつけて印字しているようだ。火気厳禁なのに。
「なあそれって」
「あ、やばっ! ほんとに遅刻しちゃう‼」
俺が尋ねようとしたとき、左手首の腕時計をちらりと見た彼女は慌ててバタールを口に咥えて駆けだした。バタバタと、バタールとともに走り去っていく。
あっという間に姿が見えなくなり、静けさを取り戻した十字路で俺はゆっくりと地面から身体を起こした。
彼女の着ていた制服はうちの高校のもので、彼女が遅刻寸前ということなら俺は遅刻確定なのだが、そんなことよりも先程の四文字が俺の頭から離れない。
『火気厳禁』
いや、なんだよそれ。
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