第四章 不測の間奏曲(インテルメッツォ)

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 それから電車に揺られて約三十分。聞き慣れない駅名がアナウンスされた直後に、蕗果先輩からこの駅で降りることを告げられた。地元で十数年間も過ごしてきた私でも、この地名はなかなか聞かない。  志三栖高校生どころか、地元の人でもご縁のない場所のように思える。こんなところで心中でもするのだろうか。微笑みどころか温もりすら感じられない蕗果先輩の背中を追いかけて、ただひたすら、いつ何を問われても大丈夫なように心構えをつくっておく。  駅を出てから約五分ほどで、蕗果先輩はある建物の前で立ち止まった。木造で古風な雰囲気の建物だった。こじんまりとしたものだったけど、周囲の民家に比べ、趣がある。  看板が立てられていて、喫茶店と書かれていた。蕗果先輩も高校生らしく、こういう場所に来るのかと、ある種の安堵を覚えた。 「いらっしゃいませ」  女性の店員が歓迎するなり、蕗果先輩は会釈をした。店員は、あら、と声を上げて、カウンターから蕗果先輩の前に足早に移動した。 「蕗果くん、久しぶりだね! 元気にしてた?」  ぐいぐいとタメ口で蕗果先輩に詰め寄る女性店員の、何たる姿を晒しているのだろう。これを見れば、きっと莉音は泣いちゃうだろうなあ……。  口ぶりから初対面ではないと思われる。聞きなれない地で、こんなにも素敵な喫茶店があるとどこで知ったのかが気になっていた。もしかしたら蕗果先輩の自宅のある場所ではないか、はたまた、よく遊びに行っていた場所ではないかと考えていたけれど……そういう関係だったのか。  蕗果先輩の背後で縮こまっていると、彼は左右を何度か見回した。その後、少し硬直してから店員に向き合う。 「そういう馴れ馴れしいの、やめていただけません? それよりも二人分の席、どこか空いてないのか?」 「はいはい、もちろん空いていますよ。さあさ、こちらへ」  そういってから、店員は咳の方向を腕で示してから歩き始めた。  取り残されたといっても過言ではない状況でも微動だにしない蕗果先輩を見上げていると、振り向く気配を感じた。隠れ切れるとはとても思っていなかったけれど、二人の仲を邪魔してしまうことに躊躇いがあった。  蕗果先輩が振り返った。  反射的に、私は目を瞑ってしまった。 「……行くぞ。何してる」  言葉が少なく、気持ちがこもっていない。だけど本心は顔に出ているような気がした。
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