第四章 不測の間奏曲(インテルメッツォ)

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 一日のうちにハードな練習を繰り返せば、弦楽器の指板の色が指に移ってしまう。新しく買い替えたときや、しばらく使っていなくて弦が汚れてしまったときにも指は黒くなる。  指にペンキをつけてしまっただけかもしれない。趣味か何かでデッサンをしていて、鉛筆で描いた跡を指で擦っただけなのかもしれない。  単なる思い込みに過ぎなかった、はずなのに、自分でもどうしてここまで蕗果先輩を追いかけてくることができたのかわからない。その場で思い切った行動に出すぎた。後のことを考えないで首を突っ込むのは、今後やめておいた方がいいと心に刻みたい。  私がいったことが、仮に真実だったとして。隠す理由なんてどこにも見当たらない。トランペットを吹けるから他の楽器が弾けたとしても公にしたくないからか、はたまた狙いがあって明かしていないからか。いずれにせよ、本当だったとしたときの場合の自問自答をしていても、埒が明かなくなるだけだ。  だとしたら、こうして話を聞ける機会というのはとても貴重で、ありがたいことなのかもしれない。話せることが当たり前のことすぎて、目の前が見えていなかったみたいだ。  しどろもどろになってしまった言葉は、濁りも含んでいて、私でも何といったかわからなかった。  だけど、それが杞憂だと気づいたのはそれからすぐ後で、蕗果先輩が小さく頷いたのが見えた。ゆっくりと瞼が閉じられる。 「あんたは、俺が思っていたよりも図太い観察者みたいだな」  夜闇に点々と輝く星が、彼の瞳の中に映り込んでいた。なぜだか無性に心が温かくて、先程までの駆られていた焦燥と恐怖が混ぜ合わされて、かき消されたようだった。 「……あんたのおかげで俺の心のけじめがつけられた。ずっと塞いでいた口を開こう。俺はトランペットだけではなく、弦楽器を……ヴァイオリンを、弾くことができる」
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