第四章 不測の間奏曲(インテルメッツォ)

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 楽器を出したり、譜面台を立てたりする作業を始めてから、これが本番前の最後の練習になるんだ、と自覚した。もっと期間があるものだと思っていたが、時間が過ぎるのは早い。まだ午前中だからとたかを括っていると、あっという間に午後の本番が来てしまいそうだ。  本番の立ち位置を意識して譜面台を置き、音出しを始める。こんなところで音出しをしてもいいのか、と疑っていたが、他校もまた音出しを始めたため、窮屈な思いはしなくなった。 「在郷さん」  肩に触れられたことで、ようやく名前を呼ばれていたことに気がついた。  ヴァイオリンをおろしてから振り返ると、沖野さんがいた。 「準備中にすみません。この度は俺の代わりに、コンクールに出ていただいてありがとうございます。本来のコンマスもいない中なのに、重荷を押し付けちゃったようで、すみません」 「あ、いえいえ、気になさらないでください! あの……沖野さんのおかげで、オーケストラ部に入部できたようなものですから」  なんかすみません、と付け加えておくと、沖野さんは微笑んだ。 「ならよかった。檪先生は他の音楽の先生よりも人一倍厳しい先生だからね。俺はまだヴァイオリンを弾けないからコンクールには出場できないけど、こうしてできる限りのことはやらせていただくので、今日は余計なことを考えなくて大丈夫ですよ。では、頑張ってください!」  いいたいことだけいってから、他の部員のところへと向かおうとする彼の背中に向かって、ありがとうございます、と叫ぶ。つい大きな声になってしまったのは置いておいて。  檪先生が指揮棒をもった。清々しい顔になっているような気がする。  本番の直前だからと、誰一人として強張っている人はいなかった。人前で演奏することには慣れていたつもりだったけれど、周囲のみんなの方が経験が豊富なようだった。  瞑想をする。今日は楽しいコンクールだ。  聴いてくれるみんなに、素晴らしい演奏を届けなくてはいけない。そして、いい結果を学校にもって帰るんだ。  そして、練習が始まった。
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