第四章 不測の間奏曲(インテルメッツォ)

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 大きく息を吸って足を踏み入れたのは、リハーサルで実際に演奏したステージだ。  最後の練習を終えたら瞬きの間にコンクールが進んだ。プログラムが配られて、今回の参加校を確認した。この辺りでは志三栖高校が有名だから、他の高校のオーケストラ部の名声がどのようなものなのかは不明瞭だ。  だからなのか、絶対にいける、と思った。  檪先生の本格的な指導や、蕗果先輩のメンバーの団結力の向上で、まるで負ける気がしない。気負いすぎるとかえってよくないから、ポジティブに歩いていく。  薄暗い会場で、ほんのりと柔らかな照明が当てられる。指先までの全身に端麗さを意識する。テープの目印を探し、その場所に設置されていた椅子の前に立つ。  座席は大勢の人で賑わっていた。前列には他校の生徒たちの顔もあったが、彼らの背後に並ぶ多くの人たちは、顔も知らない客人たちだ。これは滅多にない披露の機会にもなる。  檪先生が舞台袖からコツコツと音を立てて、お客さんの近くをスーツ姿で歩いてくる。  客観的に見てみると、檪先生はベテランなのだな、と思う。教員として、スーツの着こなしはバッチリだったが、指揮者としての身だしなみの繊細さも備えているようで、裾までも綺麗に決められていた。全身のどこに視線を移しても見劣りしない。  檪先生が観客席に向かってお辞儀をしたときに、拍手が沸き起こった。  この瞬間が、たまらなく心地よかった。  まだ一曲も演奏していないというのに、会場全体を包み込むような拍手だ。彼らの目に期待の色が浮かんだのを確信する。そうだ、これから演奏するのはオーケストラの強豪校——志三栖高校だ。私たちが作り出す音楽の空間を、この機会に脳裏に刻み込んでほしい。  私たちに振り返った檪先生が、破顔した気がした。
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