第四章 不測の間奏曲(インテルメッツォ)

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 隣の座席に腰掛けているのは蕗果先輩だと気づいたのはこのときで、暗闇の中で焦って座したことに後悔した。左側はすぐに扉がある。会場の出入り口だ。  審査員の代表が講評を話している。何を話しているのかわからない。ただ、トラウマになりそうなほど、志三栖高校、銀賞という言葉が耳に残っている。  あまりにも隣が静かで、思わず椅子の左側に寄ってしまう。  講評では、歴代金賞を受賞してきた強豪校だった志三栖高校が金賞ではなかった理由を話しているのだろう。耳を塞ぐまでもなく、聴きたいくないと願えば本当に聞こえなくなるものなんだ……。 「蕗果先輩……」  右隣に腰掛けているのが、本当に蕗果先輩なのか。それすらも不安で、全身が震え始めた。 「ごめんなさい……私が無力だったから、先輩から逃げたから、こんな結果になってしまったんです。皆さんが悪いんじゃない。私が……私だけが悪かったんです。本当に……すみませんでした」  穴があったら入りたい。  もはや、全身が塵みたいに散り散りになって崩れ去りたい。音楽人生はきっとこれで終わりだろうし、不朽のオーケストラ強豪校の顔に泥を塗った。ここはもう、私のいるべき場所ではない。  部員のみんな、檪先生、本当にごめんなさい。  拳を握り締めて、爪が食い込んで皮膚が裂けた。もう誰にも顔向けできない。部員にも、先輩にも、先生にも、そして家族にも。  そう思ったら、体が勝手に動き出した。足にグッと力をこめて、抜けていた活力が足だけに戻ってきて、座席から立ち上がった。まだ審査員による講評が行われている場だというのに、無礼だとか無作法だとかはどうでもよかった。彼らが追いつけない、どこか遠くへ行きたかった。  方向転換して、会場の出入り口へ駆け込む。  在郷、と二つの声が重なった。背後からかけられたその声を振り払うように、会場の外へと駆けていく。  振り返っても後戻りできない道をひたすら走りながら、入り組んだ複雑な道を掻い潜って行く。
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