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店長が長いたばこ休憩に入ったとき、エプロンにショートカット姿の飯能が僕に話しかけてきた。ウィッグの付いた飯能の帽子は、僕が借りたままだ。
「あー。そうだ。先輩、帽子返してもらえます?」
「わ、悪い。ちょ、ちょっと汚して家にある」
これは嘘で、実はカバンの中に入れている。一応持ってきはしたけれど、ウィッグ付きの帽子という衣類の性質上そのまま返すのは憚られた。
(俺みたいなダサい男が被った帽子とかもう二度と付けたくないって思われてしまうかもしれない。飯能のことだから目の前で捨てたりとかはしないだろうけど、嫌な顔をされないよう綺麗にしてから返したい)
「仕方ないっすねぇ。直したら返してくださいよー」
能天気な飯能は僕のしどろもどろな嘘を気にしていないらしい。
「あんなことになったけど、スキー、先輩と行きたかったっすー。ね、また日程合ったら予定立てましょうよ」
「僕は二度とあんな目に遭いたくなんてないから嫌だ。今回だって店長がどうしてもって言うから頑張って外に出たんだぞ。それが、あんな目になって……。お前は怖くなかったのかよ」
「えー? 怖かったですよ」
ケタケタと笑って話す飯能はやっぱり能天気だ。店長が付けっぱなしにしていったテレビでも、飯能のインタビューが流れている。
“女の子1人で怖くはなかったのですか?”
“普段から鍛えているので大丈夫です。武闘家イイノゲンスケの子供ですから”
飯能の本心がどちらなのかはわからない。けれど、取り繕えるだけの外面すら僕は持ち合わせていないが、飯能は違う。
「僕はお前のように強くなんかないんだから」
店長によるとその後もテレビのインタビュー等に飯能は呼ばれたらしい。
溢れんばかりの才能で周りを賑やかにする飯能は周囲から放ってはおかれない。こんな薄汚れた寂れ書店に居るのが信じられないほどだ。
そしてそれはこの人たちにとっても同じだったらしい。
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