天才くんの耳栓は

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     中学を卒業して高校入学前の春休み。  駅前の交差点で、大きな荷物を抱えた老人が横断歩道を渡っていた。荷物が重いらしく、とても(あゆ)みが遅い。渡り切る前に信号が赤になりそうだった。  心配になった天才くんは、老人の横へ駆け寄り、 「その荷物、僕が持ちましょう」  と申し出て、老人を助けたという。  しかもそれから一時間もしないうちに、また同じ老人が困っている場面に出くわした。キョロキョロと不安そうに周りを見回しながら、住宅街をウロウロしていたのだ。 「またお会いしましたね。どうしましたか?」  聞けば、ひとり暮らしの孫を訪ねてきたが、アパートの場所がわからないらしい。  老人が持っていたメモを見ながら、天才くんはアパートまで案内してあげたという。 「それで、お礼としていただいたのが、この耳栓さ」 「耳栓がお礼って……。ずいぶんショボイのね」  天才くんの表情が曇ったのを見て、慌てて言い直す。 「あら、ごめんなさい。一見普通の耳栓だけど、魔法の耳栓なのよね。そんな凄い耳栓くれるなんて、そのおじいさん、神様だったのかしら?」 「やだなあ、優子ちゃん。そんなわけないじゃないか」  彼に話を合わせたつもりなのに、そんな私の言葉を笑い飛ばそうとする天才くん。 「だけど、おじいさんは昔、本当に神様に会ったことがあるらしくてね。その神様からもらったのが、この耳栓だったとか。彼の話によると……」  若い頃に(おこ)した会社が大成功。一代で財を成して、既に引退した老人。  金銭的には裕福であり、天才くんに対しても最初は現金で謝礼を渡そうとする。でも天才くんが「そんなつもりで手助けしたんじゃないから」と断ると、代わりに差し出したのが耳栓だったという。 「『自分の人生が成功したのは、若い頃に神様から授かった魔法の耳栓のおかげ。でも、もう自分には必要ない』とか言ってね。魔法なんて話、最初は僕も信じてなかったから『耳栓程度ならもらってもいいかな』と思って……」  しかし、いざ使ってみると効果は絶大。特に授業中「必要ない音は耳に入ってこなくなるけど、必要な音はしっかり聞こえる」というのは、試験に出る部分だけ聞こえてくるということ。  だからテスト勉強も容易になり、高校に入ってから成績が急上昇したという。 「えっ、天川君が成績すごいのって、高校生になってからなの?」 「当たり前だろ。中学の頃から『勉強できる子』だったら、もっと偏差値が上の高校へ進学してたよ」 「あら、失礼ね。この高校だって、それなりの進学校なのに」  冗談口調で酷いことを言う彼に対して、私も軽口を返したのだが……。    
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