2人が本棚に入れています
本棚に追加
翌日の朝。
「おはよう、優子ちゃん……」
「うん、おはよう。……って、天川君どうしたの? 顔色悪いよ?」
思わず私が心配そうに返してしまうほど、彼は酷い表情をしていた。
「うん、調子悪くてね。なんだか聞こえ方がおかしいんだよ、昨日の途中くらいから」
彼は自分の耳を触っている。その拍子に耳を覆う髪が少し揺れて、耳栓を入れっぱなしなのが見えた。
「耳が……じゃなくて、耳栓の具合が悪いの?」
「うん、どうしちゃったのかな……」
「もしかして、魔法の効果が切れちゃったんじゃない? そろそろ時間切れだった、みたいな」
もしも誰かに聞かれてもゲームか漫画の話題だと思われるだろうが、一応「魔法」という言葉は小さな声で口にする。。
「だとしたら困る……。これが使えなくなったら、今日から僕、どうやって生きていけばいいのか……」
「大袈裟だなあ、天川君は。それに『魔法の効果が切れちゃった』も一時的な話かもしれないし、もう少し様子を見てみたら? 自然に直るかも」
「うん。だといいんだけど……」
ますます顔色が悪くなった彼を、優しい声と表情で慰める。内心では「犯人は私なの。ごめんね」と謝りながら。
天才くんが耳栓に違和感を覚えるのも、交換の際に想定した可能性の一つだ。でもその違和感は無意識のうちらしく、だから「違う」とハッキリ意識できないまま、プラシーボ効果の消失が先に出てしまったらしい。
そんなプロセスはともかくとして、彼がここまで憔悴した態度を見せるのは、私の想像を超えている。さすがに可哀想だから、隙を見て再び交換しよう。元の耳栓に戻しておこう。
そう決心したのだが……。
そんな機会は二度と訪れなかった。
さらに翌日、つまり私が魔法の耳栓をすり替えた二日後。
彼は学校に来なかったのだ。
その理由は、ホームルームで担任の先生が説明してくれた。
天才くんは交通事故で亡くなったのだ、と。
最初のコメントを投稿しよう!