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「あれ、沙織ちゃん?」
そんな呼び方、一度もされたことないんですけど! なんて子供みたいな我儘が、待ちくたびれた再会の日の挨拶にならないよう、ギリギリのところで堪えて振り返る。
駅前の商店街、行きかう人混みの中、私の世界は先生にだけ焦点が合う。先生は抱えた荷物そのまま私に手を振っていた。手、というよりも、もはや、腕。
「なにしてんの、こんなところで」
「駅前に女子大生がいるのは当たり前でしょ」
「冷たい。一年ぶりの再会だっていうのに、相変わらず当たりが強い。傷つくなあ」
傷つくどころか足取り軽く、先生は当たり前のように私の右側を歩き出す。
「別に、ただのバイト帰りです。そこの喫茶店で働いてて」
「チョコレートケーキ美味しいって有名なところじゃん。今度行こうかな」
「ぜひ、私がいないときに」
「なんでそんなこと言うの」
「恥ずかしいから。ていうか、先生と久しぶりって感じ、全然しないです」
「奇遇。先生も」
あら奇遇。先生の言葉を繰り返すと、それが栄養となり、この一年間すっかり枯れていた胸の白い花がぱっと咲く。続く言葉に、輝きを失う。「まひろがさ、さおちゃんがさおちゃんがって、きみの話しかしないんだよね。大丈夫かな、まひろ、大学に友だちいる?」
おまえかよ。アスファルトに転がる小石に友人の顔を見立て、思い切り蹴った。
「いるでしょ。ああ見えて面倒見いいし」
「いい子だよね、まひろって」
「先生って、そんな、わかりやすく贔屓してましたっけ?」
「山本は卒業生だし」
あーあ。いつもみたいに戻っちゃった。とは思うけれど、卒業してから一年間呼ばれなかった呼び名はもはや、いつもとは言えないのでは。
やっぱり、いいよなまひろは。
今度は、赤色になった信号に友人の顔が映る。
卒業しても、いつでも先生と会えるんだから。
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