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片道切符は突然に
俺の想い人は、いわゆる本の虫である。
「なぁ、今度の休み、ドライブに行かないか?」
「休日は読書に集中したいから無理だ。他を当たってくれ」
毎週末遊びに誘ってはみるものの、返ってくる言葉は一回目のお誘いから変わったことはない。何度同じ言葉を言われても、たとえ結果がわかっていても彼を誘う俺の心中なんて、彼はきっと考えたことなどないのだろう。
ちなみに、俺はもともとフットワークが軽く外出でリフレッシュするタイプなので、彼に断られても翌日は一人で出かけていた。そこへ行きたいという気持ちは本当だし、そのために予定も組んでいる。彼に断られたとはいえ、時間を無駄にはしたくなかった。
ただし、別の誰かを誘ったりはせず、必ず一人で、だ。俺は誰かと行きたいのではなく、あくまで彼と一緒に行きたいと思って誘っているのだから。
それでも、彼が少しでも興味を持ってくれたらと思い、帰宅してからメッセージアプリで彼にその日訪れた場所の景色や食べ物の写真を送れば、
『きれいだな』
『うまそうだな』
などの返事が必ず返ってきた。そして、彼からはその日読んだのであろう本の表紙を写した写真が送られてくる。
返事だけを見たら彼も気にはなりつつあるのかな、と考えることもあるけれど。その後に続く写真に、やはり本には負けるのか、と項垂れる。そんな土曜日がずっと続いていた。
どうせ此度も、いつもと同じ返事、いつもと同じやり取りで終わると思っていたのに。金曜日の夜、彼の方から自宅へと誘われた。
「お前から声をかけてくるなんて珍しいとは思ったけど……」
まさか彼もついに俺と外出する気になったのかと、翌日張り切って来てみれば。彼は出かける支度など一切しておらず、ただ本を読んでいた。
「君に渡したいものがあってね」
そうして彼から手渡されたのは、秋桜の押し花のしおりだった。ふ、と彼の文机に目を向けると、四角いペン立てのようなケースに似たようなしおりが収納されていた。その量からしてとても購入したものとは思えず、彼の自作ではないかという考えに思い至る。
そこから俺の思考はさらに飛躍して、彼は花が好きなのかもしれない、確か近所に秋桜畑が見所の公園があったはず、そこへ彼を散歩に誘ってみるのはどうだろうか――。瞬時に彼を誘いたい場所が浮かんでいた。公園にはベンチがあるし、ベンチで休憩しながら読書をすることもできる。グッドアイディアだ。
しおりを握りながら、もはや習性のようになった彼への誘い文句を考えて、思い立ったが吉日だとばかりに口を開く――よりも先に、彼の唇が動いた。
「君はいつもそうやって、俺を誘ってくれるけど」
彼と、視線が絡む。ばちりと、音が鳴った気がした。
「君が俺を外へ連れ出したいと思っているように、俺は君をこの部屋に引きずり込みたいと思っているんだよ」
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