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一夜と言わず
『よっ、久しぶり。元気してたか?』
今から一年ほど前、追いかけたい夢があると告げた彼は、それ以外の詳しいことは何も話さずに海の向こうへ行ってしまった。
国内にいるのならまだ連絡を取る手段はいくつかあった。しかし、国外とあれば時差が発生する。彼がどこの国にいるのかもわからない以上電話を掛けるのは気が引けた。それならメッセージをと必死に考えて送った文章は、その何分の一という早さで返ってきた。
一つのことに集中すると周りが見えなくなる彼のことだから、きっと夢を追いかけることに真っ直ぐになっているのだろう。彼のことは心配ではあったが、割り切って日々を過ごすことにとっくに慣れていた頃だった。彼から、電話がかかってきたのは。
「それはこっちの台詞だ。何も知らずに一年近く過ごした僕の身にもなってみろ」
本当はもっと怒鳴ってやりたいところだったけれど、切られてしまうのは困るのでそこまで気にしてなかったよ風を装った。
『だよなぁ……。でも、お前ならわかってくれると思って。甘えてたな……』
電話の向こう側で、彼がしゅんとしているような姿が浮かぶ。僕は彼にこういう態度を取られると弱くて、彼もそれを知っていてやっているのだとわかっているのに、僕はいつも突っぱねることができない。
「もういいよ。こうして連絡してくれたんだし。それより、質問があるんだけど?」
『そうなりますよねー。わかってる、ちゃんと答える』
「今はどこにいる?」
『お前と同じ空の下』
「もっとわかりやすく」
『お前と時差がない場所』
「……は?」
『もっと詳しく言うと、お前が住んでるマンションの部屋の前』
「……なんで」
『いやさ、昨日もうすぐ七夕だなーってふと気が付いて。ほら、あの有名は話』
一年も音沙汰なしだったのに、あまりに急すぎて彼の言っていることが理解できなかった。つまり、七夕で一年に一度のあの物語を思い出して、帰ってきたと。彼はそう言っているのだろうか?
僕が何も言葉を返さないでいるからか、機嫌を損ねてしまったと勘違いした彼は謝りながらも『せめて一晩泊めてくれ』などと言っている。そんなこと、お願いされなくても答えは決まりきっていると、僕は口を開いた。
それにしても、自分たちを織姫と彦星と重ねようだなんて、おこがましいにも程がある。
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