水の世界であなたと

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水の世界であなたと

「地球の海と陸の割合って知ってる?」  何の前振りもなく投げられた質問に、黙々と文章を追っていた俺の動きが止まった。思考の切り替えで一瞬、ほんの一瞬だけ何だろうかと考えてしまったけれど、問われているのはさほど難しいことではなかったので、答えはすぐに浮かんだ。 「七対三……くらいだった気がするけど」 「……ま、大体そんな感じだよな」  それきり、彼は黙ってしまった。  質問された側の俺としては意図がわからず消化不良なのだが、きっと彼の中ではもう完結しているのだろう。そこにわざわざ足を踏み入れようとまでは思わないので、先程まで読んでいた小説の続きを求めて、視線を落とした――のに。 「じゃあ、もし、明日海が十割になると言ったら、どうする?」  再び投げられた質問は、一問目とは違ってすぐには答えられそうにない内容だった。彼が何を知りたいと思っているのかはわからないままだが、どうやらこれは長丁場になるに違いないと、指ではなくきちんと栞を挟んで、閉じた本をテーブルの上に置いた。 「すべての大地が海に沈むって?」 「そう。ぜーんぶ、突然海に放り出される」  確かにここ数年、猛暑日や雹が降ってくることが増え、天気予報でも異常気象とよく言われている気がする。明日ではなくとも、そう遠くない未来、地球が海に覆われてしまうなんてことも起こるかもしれない。  しかし、何でまた急に彼はそんなことを言いだしたのだろうか。ふと、彼が読んでいる本が気になって目を向けると、彼の手には世界の終末を描いたベストセラー小説が握られていた。俺も以前、読んだことがあるものだ。 「その小説のように、沈むことは前もってわかっている。という前提で答えるよ」  俺が答えに辿り着くまでに、もう少し時間がかかると踏んでいたらしい。小説の文字を映していた彼の瞳が、俺に向けられた。残念だけど、この想像は自分が読んだ時にもうしているんだよ。 「まず、服の下に水着を着ておく。服のままよりはマシだからね。沈み始めたら、服は脱いで水着だけになる。はじめはただ浮かんだり、泳いだりしてさ。そして……」 「そして?」 「力尽きたら、二人一緒に沈もう」  世界が終わってしまうなら、そういうのも、悪くはないだろう?
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