8人が本棚に入れています
本棚に追加
体温、急上昇中につき
――ちりん、ちりんちりん。
サークルの部室の扉を開けると、どこか懐かしい音が聞こえた。
中に入りながら音の正体を探るべく視線を動かすと、エアコンの向かい側にある本棚の上に、それはいた。専用のスタンドに吊るされたガラスの風鈴は、どうやらエアコンの風を受けて音を奏でているようだった。
「買ったの?」
夏休みに入る前には、置いていなかった。気になって訊ねてみれば、風鈴を持ってきたであろう彼は左手を後頭部にやりながら、
「夏休みは今はあまり人がいないし、部屋を使ってる時だけなら良いかなと」
風鈴の音色が好きなんだ、と彼は微笑んだ。
声にはしなかったが、彼の言葉に俺はしっかりと頷いた。猛暑の中を歩いてきた俺には、ガラスの風鈴が奏でる音色は耳に心地よく、それだけで涼しい気分にさせた。もちろん、エアコンによって室内の温度自体、外とは比べ物にならないくらい冷えている。それでも、耳で感じる涼も、風情があるというものなのだ。
「でも、一つ足りなくてね」
「? 何が?」
エアコン、風鈴だけでこれでもかと涼しい気分になっているのに、ほかに何を求めるというのだろう。しばし考えたところで、自然に腕を組んでいた俺は両の手が空いていることに気が付いた。団扇か扇子か……、確かに、あれも良い。たとえ扇ぐことなく立てかけられているだけでも、朝顔や紫陽花、金魚などを見ているだけで、涼しくなったように感じる。
「何がって、お前……。縁側に決まってるだろ」
彼から返ってきた言葉に、俺は目をぱちぱちとさせた。そんな俺の様子などお構いなしに、彼は続ける。
「夏といったら風鈴。風鈴といったら縁側。縁側といったらスイカだろう。風鈴の音色に耳を澄まし、スイカを食べながら眺める都会の喧騒から離れた大自然。想像してみろ、青と白のコントラストがたまらないあの空を――」
まるで連想ゲームのようだった。しかし、連想するということは彼の中でそれぞれが結びついていることを意味する。彼は地方からの進学だと言っていたし、こちらへ来るまではそのような夏休みを過ごしていたのかもしれない。
「俺、今年も実家に帰ろうと思ってるんだけどさ」
「うん」
「お前にも一緒に来てほしいな、なーんて。ほら、来年は就活と卒論で忙しいだろうし、これが最後の夏だと思うから……」
自分から誘っておいて、尻すぼみになる言葉とともに俯いていく彼の顔は、ほんのりと色を帯びている。ちらりちらりと、俺の表情を窺う彼の目に耐えられなくて、俺はちりんちりんと鳴り続けている風鈴を見た。けれど、残念かな。
涼しい音色は、熱くなった俺の頬を冷ましてくれる気配はない。
最初のコメントを投稿しよう!