白鳥の歌

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白鳥の歌

 昔、王お抱えの彫刻家として働く一人の青年がいた。  青年は、王都から離れた村の農家の息子として生を受けたが、ある時分から彫像に興味を持ち、いつしかそれを生業にしたいと思っていた。しかし、当時は文化や芸術などはすべて国の中心地で盛んなのであり、国のはずれの村で叶えられる夢ではない。家族や村の者、誰もが皆諦めるだろうと考えていた。 「……ごめん。俺は、夢を諦めることはできない」  それだけを言い残し、わずかなお金と身一つで王都へやって来た青年は、一人の彫刻家に弟子入りした。一代前の王に彫像を献上したこともあると言う師匠の教えにより、青年の腕は短い期間でみるみる上達していった。師匠の代わりに依頼されたものを製作することも増え、いつかは独り立ち、あるいは師匠の後継となるのではないかと思われた頃。 「私のもとでその腕を振るう気はないか?」  王と、青年との出会いであった。  王は青年の作品を大いに気に入り、食と住を保障し、さらには王宮内に作業場をしつらえさせた。 「期間内に私が頼むものさえ製作してくれれば、あとは自由にして良い。材料も支給しよう」  破格の待遇に青年は困惑したが、王の言葉はとても魅力的だった。王がどのようなものを望み、どのような頻度で依頼があるかはわからないものの、それ以外の時間は自身が思うままに製作することができる。青年は、王お抱えの彫刻家となった。  それからの日々は忙しくも充実したものだった。王の依頼は、時々徹夜が必要になる時もあったがほんの一部で、基本は一日に数時間作業をすれば間に合うものばかり。青年が、青年自身の製作に没頭できる時間は十二分にあった。  そんな折、青年のもとに一通の手紙が届いた。宛名は故郷の友人の名前で、胸騒ぎがした青年は急いで封を開けた。手紙には、次のようなことが書かれていた。 『青年のかつての恋人が、病で亡くなった』  青年には、まだ故郷にいた頃、想いを通わせた相手がいた。彼と過ごす時間は心地よく、このまま彼と一緒に暮らす道を何度も考えた。けれど、彫刻家になる夢を諦めきれなかった青年は、彼と故郷に別れを告げて、王都へやって来ていたのだ。  決して、彼に愛想を尽かして別れたわけではない。彫刻家の弟子として腕を磨いていた時も、王の彫刻家として依頼に応え続けている時も、青年の気持ちは彼にあった。  自身の不甲斐なさと彼の死の悲しみに打ちひしがれた青年は、作業場に籠るようになった。王の側近に『作業に集中したいから誰も訪ねてこないように』とだけ告げて。側近は、数日間であるならば、と納得し青年の作業場には近寄らないようにした。  されど、数日どころか一週間を過ぎても青年が作業場から出てくる気配はない。さすがに心配になった側近は、鍵がかかっていた作業場の扉を壊して中へ押し入った。 「……これ、は」  側近が見たのは、美しい男性の等身大の彫像と、床に倒れた彫刻家、そして毒があるとされる植物の実が散らばっていた。作業台の上には青年の記録書と思われる紙の束があり、一番上の紙には、 「やっと、逢えた」  と記されていた。  王に仕え、数多くの作品を世に残した彫刻家の遺作は、今は王立美術館に収蔵されている。
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