ごちそうとおあずけと

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ごちそうとおあずけと

 いつものように仕事を終えて、いつもと同じように帰宅したはずだった。部屋の鍵を持っているのは自分しかいないし、今朝きちんと鍵をかけたことは覚えている。  それなのに、なぜ。 「おかえり。今日もお疲れさま」  亡くなったはずの恋人が、キッチンで料理をしているのだろう。俺の目の前で、微笑んでいるのだろう。 「お前、なんで……?」  当然の疑問を口にすると、彼は俺が質問してくることを疑問であると言うように、きょとんと首を傾げた。 「さいごの夜は俺の手料理が食べたい、ってあんなに可愛いことを言ってくれたのに。忘れちゃったわけ?」  右手に包丁を持ったまま言うものだから、俺は慌てて首を横に振った。俺の反応を見た彼はそれが目的だったのではないかと勘繰ってしまう程の満足気な顔をして、キッチンの奥へと戻っていった。  別に、忘れたわけではない。彼がまだ生きていた頃、そんな話をしたことがある。あれは確か、テレビのバラエティー番組で司会がゲストにしていた質問だったろうか。 「お前の料理は、いつだって食べたいよ」  普段の夕食は大体コンビニ弁当で済ませているのだが、今日はなぜだか馴染みの白い袋が見当たらなかった。しかし、彼に会えたことと彼が料理を作っているという出来事を前にしては、些細なことだと吹き飛んでしまった。  ダイニングテーブルには、俺の好物であるエビグラタンをはじめ、ラタトゥイユ、から揚げ、だし巻き玉子、ほうれん草の胡麻和えなどが並んでいた。今の冷蔵庫にこれらすべてを作れる材料は残っていなかったように記憶していたけれど、それも些細なこと。  彼の手料理を早く食べたいと、着替えもせずに椅子に座り、「いただきます」と手を合わせた。 「ダメだ!」 「――!」  からん、と音を立てて、愛用の紺色の箸が転がった。無意識に目で追えば、彼が力強くテーブルを叩いた衝撃で転がり続け、やがて視界から姿を消した。 「お前には、まだ俺の手料理を食べさせることはできない」  悲しそうな、寂しそうな表情をしている彼に笑ってほしくて開いた口からは、喋っているはずなのに言葉が出てくることはなく、俺の意識はそこで途絶えた。  目を開くと、そこは自分の家ではなく、近所の公園だった。隣には未開封の酒が入った袋があり、地面には空き缶が転がっている。 「俺は、酔ってここで眠ってたのか……」  そう、俺は彼がいない部屋にいることが耐えられず、帰りたくないと思ってここで足を止めたんだ。もうどうにでもなってしまえばいいと、ひたすら酒を飲んでいた。 「お前はまだ、俺に生きろって言うんだな」  彼の手料理が食べられなくなってもう数年経つのに、彼がまだ食べさせてくれないのならば仕方ない。その時が来るのを少しだけ楽しみに思いながら、俺は家路を急いだ。
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