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拝啓、先輩
先輩が行方不明になったらしい。
当時、先輩は夏休みの長期休みを利用して一人旅に出ていた。帰宅予定の日を過ぎても連絡が無かったことから、心配した家族が連絡をしてみたところ電話が繋がらなかったのだと、新聞の記事を読んで知った。先輩は実家からではなく一人暮らしのアパートから大学に通っていたから、旅行に行く直前の様子は家族も分からない。ただ、メールで行先と日数の連絡が来ただけだと言う。警察は事故、事件両方の可能性から捜索していると、文章は結ばれていた。
記事を読み終わった僕の脳裏には、あの日――休みに入る前日に会った先輩の姿が浮かんでいた。
先輩は明るくて分け隔てなく皆に優しくて、サークル内ではいつも話題の中心にいるような、そんな人だった。以前講義について悩んでいたことがあった時、すでに学校を出て駅へ向かっていた僕を追いかけて相談に乗ってくれるような、そんな人だったのだ。
それなのに、あの日会った先輩の雰囲気はいつもと違っていた。何かを思い詰めたような暗い表情で、悟られないように口角を上げて無理やり笑顔を作っていたけれど、とても弱弱しくて見ていられなかった。
「……先輩」
「ん?」
「何かあったんですか」と、本当は訊きたかった。僕の相談に乗ってくれた時のように、僕なんかに何かできると思い上がりもいいところだけど、今度は僕が先輩の力になりたいと思った。でも、先輩の瞳からはまるで「何も訊いてくれるな」と言っているような圧があって、僕はその壁を飛び越えることができなくて。
「あ、いや……。明日から、夏休みですね。先輩はどこか行くんですか?」
「そうだなぁ。何日かどこかへ旅行しようかなと考えてるところかな」
結局、僕の口から出てきたのはそんな当たり障りのない言葉だった。先輩は僕の質問に答えてくれただけで、その後は言葉を交わすことはなくただ時間だけが過ぎていった。もうすぐ別れ道がやってくるというところで、このままじゃ先輩はどこか遠くへ消えてしまうのではないかと思った僕は、せめて何かを伝えたくて声を張り上げた。
「せ、先輩!」
「うん?」
「旅行、楽しんできてくださいね。あと、お土産話待ってます」
「あぁ、ありがとう。あまり期待はしないでくれよ」
夕焼けに溶けるように小さくなっていった先輩の背中は、今も焼き付いて離れない。
ねぇ、先輩。今どこにいますか。僕は、あなたに伝えたいことがあるんです。あの日、言えなかったことがあるんです。だから先輩、どうか、どうか、早く帰ってきてください……――。
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