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逢瀬と呼ぶには程遠い
『お前ん家近くのコンビニにいるから』
俺の携帯がメッセージを受信したのは、休日前の夜更かしも程々に寝支度を始めた深夜一時過ぎのことだった。こちらは風呂も済ませて部屋着でリラックスした状態だというのに、そんなのお構いなしな呼び出しに既読だけつけて、俺はコンビニに向かうために今、バイクを走らせている。
コンビニに到着すると、深夜で訪れる者もほとんどいないこともあり、彼は駐車場の車止めに座って紫煙をくゆらせていた。頬に、殴られたと思われる痕をこしらえて。
バイクのエンジン音に気付いた彼がこちらを振り返り、にこりと笑った。それがより殴られたであろう頬を強調していて、彼が俺に連絡を寄越した時点で予想していたとはいえいつまでたっても慣れるものではない。慣れてはいけないことだと、思ってはいるけれど。
「……今日は、あいつは?」
「仕事。今月は夜勤が多くて苛ついてんだ、あいつ」
その苛立ちの何割かが自分に向けられているにもかかわらず、あいつ――彼の恋人のことだ――のことを話す彼の雰囲気は柔らかく、遠くを見つめる瞳は確かな慈愛で満ちていた。ここにはいないあいつのことを見ているだろう彼の視線をこちらへ向けたくて、俺は手にしていたヘルメットを差し出す。
「今夜はどこまで?」
「ん、お任せで」
ヘルメットを受け取った彼の瞳には、俺の顔が映っていた。せめて俺と会っている時ぐらいはあいつのことは考えないでほしいと、生憎今夜は見えないけれど夜空のどこかで輝いている星に願ってみる。ま、彼がここにいる理由の半分はあいつ絡みだから無理な願いであるのだが。
「それじゃあ行こうか」
「その前に、これ」
今度は彼から俺に差し出された、黒色の缶コーヒー。眠気覚ましとお礼を兼ねたそれはきちんと俺が好きなブラックで、そうして、俺はいつものお決まりの言葉を言うのだ。
「片道一本。折り返し地点でもう一本よろしく」
二人並んで、缶コーヒーをあおる。空き缶はコンビニのごみ箱に捨てて、俺はバイクにまたがった。準備が整った合図を送れば、人一人分の重みが加わって、やがて俺の腰に彼の腕が回された。
「俺さ、お前と走るの、好きなんだ」
「……恋人の次に?」
「あいつはバイクに乗らないよ」
未だ目的地は決まらぬままだが、このまま連れ去ってしまえたらいいのに。
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