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共に過ごしたい夜は
「俺さ、いつかスウェーデンに行ってみたいんだよな」
「スウェーデン? 何で?」
二人で遊んでいた時のこと、駅前の旅行代理店を通り過ぎてからしばらく、ふと思い出したようにぽつりと友人が呟いた。旅行代理店の前には国内外問わず多くの国のツアーパンフレットが並び、当然その中には北欧が行先のものもあったけれど。けれど、なぜ、数ある国の中でスウェーデンなのだろう。
「ミッドサマーって知ってるか? 夏至の頃の祭なんだけど、その時期は夜遅くまで明るいんだ。初めて知った時、すごく魅力的だと思ってさ」
この時の俺は友人と同じ気持ちになるまでには至らなかったものの、瞳を輝かせて語る友人の姿に強く胸を打たれたことははっきりと覚えている。
――あの日から、何年経っただろうか。俺は今、職場の後輩から聞いたタルトが美味しいと評判の洋菓子店で買ったホールの苺タルトと、閉店間際に駆け込んだ生花店で買った花束を手に、友人の家へと向かっていた。年に数回、どちらかの家で行われる宅飲みは俺にとって日々を乗り越えるための密かな楽しみであり、また安らぎでもあった。
いつもは近況報告とか、仕事の愚痴を語り合ってから趣味の話となるのがお決まりだったが、今夜の回は六月でもあったことから「夏至祭をしないか」と提案してみた。
「……お前、覚えてたんだな」
数秒の沈黙ののちに返ってきたのは友人のわずかな驚きと明るい笑い声で、俺は、その時ある決心をした。それなのに、現実はそんな俺をあざ笑うかのように、残酷な事実を突きつける。
「……あぁ、それは仕方ねぇな。わかった、また今度にしようぜ」
俺は、彼が住んでいるマンションを見上げながら、静かに電話を切った。今夜、彼の部屋を訪れるのは俺ではなくなってしまったようだった。
お前は、あの日俺がすぐにミッドサマーについて調べたことを知らないだろう。花の冠は難しいから花束を買ってきたことも、俺が苺のタルトを買ってきたことも。全部全部、知らないだろう。当たり前だ、今まで何一つ友人にその話をしたことはないのだから。自分で自分の気持ちに気付いてしまった時に、何もかも伝えてしまえば良かったんだ。
俺はお前のことが好きで、いつか一緒に、スウェーデンのミッドサマーに行きたいと。
だが、後悔してももう遅い。今夜はヤケ酒だな、なんて星の見えない空を見上げた。
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