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あの瞬間から墓場まで
その路地裏を覗いたのは、ただの偶然だった。
もしかしたら本当は野良猫が鳴いていたのかもしれないし、ビル風に煽られてゴミ箱のフタが飛んだのかもしれないが、俺は何も聞いていないし見てもいないのでやはり偶然に過ぎないのである。それでも強いて言うなら、直感というやつだろうか。
覗き込んだ路地裏にはぼんやりとではあったが微かに人影が見えて、しかし動く気配がないことから駆け出して近寄ってみれば、その人物はよくよく見知った顔をしていた。彼が路地裏で倒れている理由には見当がつくので、ここで見つけた人影の正体がある意味彼で良かったと、素直に安堵とは言えないため息をつく。
「此度はどちらで? 女? 男?」
声をかけると、一応意識はあるらしく彼の目が俺を捉えた。
「……男」
俺の質問の意味をきちんと理解した彼は答えを返すとともに、頭を俺がいる方とは反対側に傾けた。いくらすでに知っている相手でも、数日後など時間が経過しているならまだしもその直後に知られてしまうのは恥ずかしいのだろう。
彼は女癖が悪く女性関係でよくトラブルを起こしているなかなかに救えない男なのだが、顔立ちが良く夜の仕事をしていることもあり、彼が望まない方面で男とトラブルになることも多かった。俺も毎回その現場に遭遇するわけではないので後から別の知り合い経路で聞く程度ではあるけれど、月に数回は今日みたいな状態になっているらしい。女性関係は自業自得とはいえ、なぜいつも終わりが路地裏で倒れる流れになってしまうのか、純粋な興味で一度訊いてみたいところだ。
「あー、まぁ、そいつはご愁傷様。一杯奢ってやるよ」
残業で終電逃してホテルと飲み屋のどちらへ行くか迷っていたことを付け加えると、彼は再びこちらを向いた。先程までとは打って変わって、不機嫌だった表情に笑みを宿して。
「ダチと職場以外だとお前ぐらいなもんだよ、こうして話してくれるのは」
「嬉しいことを言ってくれるねぇ。でも、さすがにそんなわけないだろ」
「いーや、そんなことあるね。俺が言うんだから間違いない」
――俺だって、お前のことをそう言う意味で見ているのに?
浮かんだ言葉は、すんでのところで音にならずに消えていった。一番は彼とそういう関係になれたらとは思うけれど、それが叶わない願いであることはもう痛いほど知っている。だから俺は、一分一秒でも長く今の関係が続けばいいと思い、続いていくようにするだけである。この身が燃え尽きるその時まで。
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