病室に鳴り響く、じいさんのおなら

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 プゥ〜〜〜  そんな長いおならの音、今まで聞いたことがなかった。法螺貝の音くらい長いと思ったが、それもまた聞いたことはなかった。世の中には、聞いたことのない音がまだまだある。安心するようで、不安にもなった。  三十年生きたころ、僕は初めての長期入院をしていた。大学を出てからずっと働いていた職場を辞めて、プライベートでフットサルをしていたときのことだ。  ゴリゴリゴリゴリ  それも、それまで聞いたことのない音だった。問題なのは、その音が自分の右膝から出ていたことだった。その後すぐに私は芝生の上に仰向けになり、悶えはするものの立ち上がることはできなくなった。芋虫になった気分で、這いつくばっても動けない分、自分のほうが下位互換だとも思った。芝生の緑と空の青さ。それを浴びるように感じた。久しぶりの感覚で、それだけが救いの気がした。  その後、通院し検査する過程で、右膝の前十字靭帯が断裂していることが判明した。  私は職も失い、膝の靭帯も失った。職は自分の意志で、靭帯は遊んでいるときに。妻も子もいた私だったが、自分の過失が大きく、弱音を吐くことは許されなかった。いや、許されなかったと、勝手に思っていた。  だが、そんなこれよりもつらかったのは、膝に溜まった血を抜く注射の痛みだった。ドゥグンドゥグンと血を抜かれていく感触は、命を削られているように感じた。そもそも単純に痛い。人生で考えても、子供の頃、急に向こうの椅子に友達が乗ったシーソーが顎にクリティカルヒットし、自分の唇を自分の歯で噛み切ってしまったときに通ずる痛みだった。  あのときは、自分の過失は少ないため、周りの同情という消毒剤があったが、今回はない。全てを自己責任として受け入れるしかなかった。自分の意志で職場を辞め、自分の意志でフットサルに興じ、自分の意志で敵が持ったボールを取りに行こうとしてすっ転んだのである。  その後、身動きが取れない私が願ってもない形での主役扱いを受けているとき、ボールは所在なさげに芝生の上で佇んでいた。
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