病室に鳴り響く、じいさんのおなら

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 そういえば私は、この屁こきじいさんのように、堂々と人前というか、カーテン越しでもおならは出来ない。むしろ、カーテン越しが最も難しいかもしれない。家の中ならまだしも、外でなんてトイレの個室の中でも、するのは恥ずかしいと思ってしまうのである。  なぜだろうか。  なぜ、おならは恥ずかしいと思ってしまうのだろうか。そもそも論である。咳やくしゃみは、おならよりも大きな音であることが多い気がする。それらは、たしかにしてしまうのが嫌ではあるが、恥ずかしいというレベルには遠く及ばない。  なぜだろう? 一つに、当たり前だがおならが臭いということがあると思う。おならは臭い。さらに奇妙なことに、臭いのに物体としては残らない。そこにおならの奥深さというか、一筋縄ではいかないところがある気がする。臭いといって思い浮かぶのは、やはりうんちだ。うんちは当時の私たちのヒーローでもあり、魔王でもあった。そのワード一つで、皆を笑いの渦に巻き込むこともできたし、その催し一つで地獄に落とされる日もあった。授業中に便意を催したときほど、絶望を感じたことはない。授業開始すぐに感じるそれは、もはや死の宣告と言っても過言ではなかった。  だが、おならは違う。うんちは漏らすと、一生の汚点になりかねないが、おならは引きずっても翌日の夕方くらいまでのものだろう。 「お前、一昨日の朝、おならしただろ!」なんて言葉は、聞いたことがない。  だが、うんちは違う。中学一年の春に漏らしてしまったうんちが、中学三年の卒業時の春には、記憶の中で臭気を増していることだって考えられる。つまり、うんちはナンバーワンになり得るが、おならはのし上がってもナンバーツー、つまるところ、うんちのバーター、それこそ副キャプテンのようなものである。  話がそれた。つまり、おならはポップだ。愉快だ。ファンキーだ。いや、まだずれているかもしれない。  おならが、おならたらしめてる要素は、やはり臭気を纏っているのに実態がないというところであろう。そしてそれは、おならゆえの恥ずかしさにも繋がっている。  もう一つ考えられるおならの恥ずかしさの要因は、思い込みではないだろうか。つまり洗脳だ。おなら=面白い、という方程式を私たちは幼少時教わる。もしかしたら、これは人間の本能の部分かもしれない。どちらにせよ、おならプゥ〜という言葉一つで幸せになれる時期が私たちには存在した。いや、今もかもしれない。奇跡である。人間讃歌の根源はおならかもしれない。  だが、いつしかその方程式は、おなら=恥ずかしい、に変わる。これは人間の歴史上、最初にその感情を抱いた人が誰かに言い、芋づる式にその感情の図式が拡散され、その人たちの消失よりも拡散の度合いが増していった歴史によって、今も色濃く残っているということである。  つまり、最初におならが恥ずかしいと思った人に、そのことを言われた人が「そうか?」と言ってしまっていれば、おなら=恥ずかしいという図式はその人の心の中で留まり、今日の状態まで広まらなかったかもしれないのである。  もしくはおならをしてしまった人が、隣で聞いていた人に「おならだ! 恥ずかしいことだ!」と言われても、「おならは恥ずかしくない!」と言い切り、打ち勝ってしまっていれば、ここまで広まらなかったかもしれないのである。  そう考えると、もしかしたら今私が感じている当たり前の感情も、実は気のせいということがあるのかもしれない。    私は椎茸が大の苦手だ。茶碗蒸しや鍋焼きうどんは大好きなのだが、その料理は彼らの暗礁の地となることが多い。だから、そこに彼らがいないととても嬉しいし、いるとがっかりする。  だが、その感覚は誰が決めたのだろう? 私の舌だろうか? 脳だろうか? まさか前世の記憶とは言わないだろうが、もしかしたら「椎茸が美味しくない」と誰かから聞いたことが影響しているのかもしれない。全然あり得る話だ。  なぜなら、私は新しい人と出会うとき、例えば異性を紹介してもらったときや、会社で新人が入ってきたときなど、どうしても前評判を気にしてしまっていた。そして、その前評判というものは序盤のその人の印象を、かなり決定づけるものになってしまう。  結果、性格が悪いだの、仕事ができないだのといった悪評が、深く知ることで覆ることだってあるのだが、実際覆らないことのほうが多い。  それは、その人のことを知りきってしまう前に判断してしまっているからではなかろうか。 また椎茸の話に戻るが、私は椎茸を食べたときに「美味しくない」と思った記憶はない。ただ、姿を見たときに「これは食べたくない」と思う記憶はある。いや、見たら確実に思う。  それは、椎茸のことを知りきる前に判断しているのではなかろうか。いや、そうだ。そうに違いない。椎茸に謝らないといけないかもしれない。椎茸農家の方々にも。その時だった。  プゥ〜〜〜    うーん。やっぱり、他人の屁は不快で不変だ。  
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