病室に鳴り響く、じいさんのおなら

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 やはり椎茸への私の感情も、おならと同じく不変で普通なのか。おならは不変ではなく、かつては「面白い」と思っていた時代があったのかもしれないが、物心がついてからはほとんど「恥ずかしい」なのでほぼ不変と言えるだろう。  だがそれらとは違って、ある程度自分が成長した段階で、そのものに対する感情がガラリと変わったものはないだろうか。  もちろんある。そんなものは、誰だって山ほどあるだろう。例えば色。私が初めに好きだと認識した色は緑色だった。幼稚園のとき、戦隊ヒーローものの劇をやることになり、それぞれ好きな配役に立候補するのだが、このときのルールは非常に曖昧で不平等だった記憶がある。たしか立候補者が被った場合はじゃんけんで決めるのだが、それは負けた子も何度でもすぐにまた別の配役に立候補できるというものであった。  つまり、アカレンジャーの配役になれなかった子が、続くアオレンジャーの配役決めにすぐ挑戦できるというものなので、五人しかなれないヒーローにどれでもいいからなりたい場合は、全ての色レンジャーに立候補すれば確率は上がるといったものだった。  だが当時の私、夢枕少年はアカレンジャーにもアオレンジャーにも手を挙げず、ミドレンジャーのみに立候補した。つまり、ミドレンジャー以外はなりたくないと思えるほどに緑が好きだったのである。結果、夢枕少年は惨敗し、意志の強さが必ずしも結果に結びつかないことを学んだ。  その後は、男子定番の青色が好きになったり、赤、オレンジ、黄色、紫、そしてまた緑に帰って来たり、セルリアンブルーとかいう響きが格好いい色を好きだと言い放っているときもあった。  色は皆その時期によって、好みが変わっていくだろう。それが色であり、それでこそ色だと思う。  反対に自分の中で、ずっと変わらないものを探すと、私は「添え物」がずっと好きだということが言える。添え物といっても定義が色々あって、例えば食べ物だとハンバーグの横のミックスベジタブルや、ハンバーグの下の色のついていないスパゲッティとかのことである。なぜか私は昔から、本体よりも主張のしていない脇役を好む傾向にある。もしかしたら、ミドレンジャーが好きだというのは、決して緑色が好きだというだけではなく、赤や青に隠れた少し影の存在という属性が理由で、好きだったのかもしれない。  その私の特性を見抜いたのか、小学校のときに所属していた少年サッカーチームでは、とりわけ上手い方ではなかったのに、なぜか副キャプテンに指名されたことがある。コーチも、こいつは頑張ってはいるが、キャプテンタイプではないと思ったのであろう。だが私にとって、副キャプテンはミドレンジャーではなかった。立派なメインキャストの赤か青だったのである。  そして結果的に、その重圧に耐えられなくなり、途中で辞退した記憶がある。私にとって副キャプテンという存在は、またもハンバーグのセットで言うなら、海老フライであったり、ハンバーグの上の目玉焼きだ。それは私の中で目立ちすぎる。  それ以降も、何かに進んで立候補するということはほとんどなく、することがあるとすれば、絶対にどれかに立候補しないといけない場合や、友達と一緒に立候補するといったものであった。添え物には添え物のプライドみたいなものがあるのかもしれない。  だが、まさしく緑色の添え物。アスパラガスや、レタスなどはそこまで好きではないのが、人間の好みの不思議なところだった。  では人ではどうか。私が今まで出会ってきた中で、途中で大きく感情が変わった人といえば、真っ先にある二人の人が思い浮かんだ。  それは小南さんと石山さんという、バイトの先輩たちである。  小南さんは当時二十歳くらいだった私より五歳くらい年上で、石山さんは十歳くらい年上の大先輩だった。だが、二人とも最初の印象は最悪だった。  小南さんは初対面のとき、片耳だけ大きなピアスを開けていたのが印象的で、嫌な言葉で言うとイキリ散らかしていた(ように見えた)。初めてのアルバイトで緊張している私に優しく声をかけてくれるどころか、冷たい目を向けている気がする上、わからないことがあって聞きに行っても「そんなこともわからないのか」という冷笑とともに、つっけんどんな対応をされた記憶がある。  だが、小南さんは店長や女子と喋るときには、別人のような愛想をふりまき、そんな顔できるんだ、というはにかむ笑顔を見せることも、目をくしゃらせて大笑いしていることもあった。そのときには、ガッチリと耳に収まってるはずのピアスが、なぜかイヤリングのように揺れていた気がした。  自分がこの人の立場だったら、絶対にこんな人によって差のある対応はしない。後輩にも平等に、むしろ他の人よりも優しくする。そして、ピアスはつけない。つけても片耳ではなくら両耳だ。そう誓った。  石山さんも同様だった。他の人とは楽しそうに喋っているのに、私にだけ喋りかけてこないし、冷たい。私は、なんて排他的な先輩が多い職場だと嘆いた。ただ、石山さんが小南さんと決定的に違うのは、もちろんピアスの可否もあるが、彼は人と喋るときにボソボソと喋るということだった。それはまさしく教室の隅で、一軍のクラスメイトに見つからないように慎ましく楽しんでいた自分と少し重なることがあった。だから、石山さんのことは好きではないが、嫌いにもなれなかった。  だが、そんな二人への感情は徐々に変わってくる。というより、二人の詳しい性格がわかってきたのだ。  小南さんは意外と小心者で、女性にモテたいけどモテなくて、ピンチのときには優しく助けてくれる温かい一面を持っている人だった。私の担当の仕事だけが終わらなくて、皆に迷惑をかけると焦っていたときも、他の従業員を先に帰らせて私の仕事を一緒に残って手伝ってくれた。  仲良くなって、二人でご飯も行くようになった頃「なぜ、初めの頃あんなに怖かったんですか?」と訊いたことがある。  そのようなとき、小南さんはきまって「そうだったかなぁ」とはぐらかす。もしかしたら、新人に舐められたくない、という小心者の小南さんだからこその行動だったのかもしれない。  一方石山さんは、知識がとにかく豊富だった。特に音楽、映画、アニメなど、サブカルチャーへの造詣が深く、私が何気なく言った少しマニアックなゲームの話がきっかけで、一気に仲良くなった記憶がある。一緒に喋っていて居心地が良く、笑うときは二人とも下を向いてクククククといった感じだった。自分の入るシフトに石山さんがいると、いつもワクワクした。今日はどんな話ができるんだろう、と。  さらに石山さんは話だけでなく、文章も面白く、当時最盛期だったミクシィで公開されていた石山さんの日記は、何度も腹を抱えて笑った記憶がある。腹を抱えては言い過ぎか。それこそ、一人でクククククといったものだった。どちらにせよ、文章で人を「楽しませる」という枠を越え「笑わせる」凄みには、当時衝撃を受けた。  そのように、二人に出会った最初の一ヶ月と、その職場を去る最後の一ヶ月では、もう全く印象も感情も違うのである。嫌だ、と思っていたことがなくなっていき、好きだ、と思えることが日を増すごとに増えていった。特に石山さんとは、最初の一年くらい、ほとんど喋らなかったことを後悔している。人のことを深く知るということは、マイナスのこともあるかもしれないが、やはりプラスの面が多いと思った。  
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