女王は秘密を持っている

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女王は秘密を持っている

 亜希はいらいらしていた。  生理前だからではない。どんくさい部下や、動かない上司の尻拭いをしているからでもない。  目をつけていた撮影スポットを占領している男がいる。  少し暖かくてよく晴れた木曜日の朝。ウォーカーやジョガーが去って親子連れたちが集まり始めるまでの(わず)かな時間帯に、公園は静けさを取り戻す。亜希はそこを狙い、SNSにアップするための写真を撮りに来るのだ。  冬枯れた木々の中に幾つか並ぶ、木のベンチを使おうと思っていた。朝日が枯れた枝の影を落とすのが神秘的で美しいと最近気づき、遅番の出勤にもかかわらず早起きした。なのに一番きれいなベンチに座る男が、一向に去る気配が無い。  亜希はじりじりしながら、スマートフォンを触る男の動向を眺めていた。亜希の待機している公衆トイレに近いベンチは、公園の道を挟んで向かいに建つマンションの陰になり、寒い。何気に臭う気もして、やや不快である。  亜希の予想通り、朝日が木々の枝の間から男の座るベンチに降り注いでいた。男はそれに気づいたのか、スマートフォンの画面から目を上げ、一枚の葉も残していない木を見上げた。  その時亜希は、遠目に見ても、男の容姿がそこそこ整っていることに気づく。マスクをしていても美しい横顔のラインや、朝日に透けて金色に見える髪の明るい色に、しばし見入ってしまった。  いや、いくらイケメンでも許さない。亜希は自分のメンタルを立て直そうと試みた。あそこは私のももちゃんが座る場所。ああしてまだらになる陽の光を浴びると、可愛らしいだけでなく、少し儚い感が出るはず。その画像を想像して、亜希は一人でうっとりした。  だから早く退()けっ! 亜希は歯噛みしながら男を睨みつけ、ももちゃんが入ったトートバッグを胸に抱く。視線を落とすと、ももちゃんのクリーム色の耳が見えた。彼女はここに詰め込まれていることに対して文句は言わないが、亜希としては早く出してあげたい。  呪いを込めた視線を送り過ぎたせいか、ベンチの男が不意にこちらを向いた。亜希はぎくりとして、空を見上げ視界を移す。  男はようやく立ち上がり、ダウンジャケットのポケットにスマートフォンを入れた。のんびりとひとつ伸びをして、その場を去ろうとする。  亜希も腰を上げ、男を横目で見送りながら、目指す場所に足を向けた。塗り直されたばかりの茶色い木のベンチには、冬の朝の淡い目の日差しが降り注いでいた。  トートバッグからようやく全貌を現したぬいぐるみのももちゃんは、裸で少し寒そうだ。誰か服を作ってくれないかなと思いつつ、亜希は彼女の首に巻かれたピンク色のリボンを、形よく整える。  亜希はももちゃんをベンチに座らせて、スマートフォン片手に、ももちゃんの左側に回ってみた。構図は悪くないが逆光になるので、反対側に移動する。
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