公園の男

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 亜希の言葉に、大西はいいえ、と返した。明るくて心地良い声である。 「持って来ていただいて本当に助かりました」 「お役に立てて何よりです、ご注文ありがとうございました」  亜希は大西の名刺と、弁当と茶の代金が入った封筒を手に、頭を下げる。無事にミッション完了だった。 「あ、もしご興味がございましたらこれを」  大西は病院の案内リーフレットを差し出した。亜希は戸惑いながら、はぁ、と間の抜けた声を出した。 「ここの写真を熱心にご覧になってたので」  熱心にと彼から言われ、亜希はますます戸惑った。正直なところ、めちゃくちゃ興味がある。ももちゃんの「治療」にどれくらいかかるものなのか、今すぐ費用を尋ねたい。だがしかし、公園の不審な女だとバレる展開になるのは絶対に避けたい。  熱心という訳でもございませんよ、というニュアンスを出さなくては。 「ありがとうございます」  亜希は社交辞令に聞こえるように軽く言い(これは亜希が一時熱心に参加した婚活パーティで覚えた口調だった)、笑顔を作ってリーフレットを受け取った。大西がどう受け止めたかのかはわからないが、マスクの上の彼の目がにっこり笑った。  大西は亜希が車を出すまで見送ってくれた。礼儀正しいなぁと思いつつ、アクセルを踏む。眼鏡が鬱陶しいので、道を曲がるとすぐに外した。目にしたことのある光景を視界の端に入れ、あの病院が思ったより自宅に近いことを実感した。予定通り、19時半までには店に戻れそうだった。
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